小説

『桃太郎外伝 なよ竹のかぐや姫』長月竜胆(『桃太郎』『竹取物語』)

「私は桃から生まれたと聞かされてきました。しかし、正直に言って、そのようなことが起こりうるとはとても思えません」
「では、嘘を教えられてきたと?」
「何か、そうせざるを得ない理由があったのかもしれません。あなたは信じているのですか?」
 桃太郎の問いに、かぐや姫は少し黙り込む。そして、
「……分かりません」
 と零すように言った。
「自分が何者か、気にはならないのですか?」
 桃太郎が重ねて問いかけると、かぐや姫はふっと視線を上げ、今度ははっきりとした口調で言った。
「あなたは、今の自分に不満があるのですか?」
「え?」
 思いがけない質問で返され、桃太郎は言葉に詰まる。それに対し、かぐや姫は人が変わったように、暗い表情で、重々しく話を続けた。
「もしも自分の正体を知ったことで、今の自分でいられなくなってしまったら、どうします? 例えば、自分の本当にいるべき場所、帰るべき場所があるのだとしたら、今の場所にはいられなくなってしまうんですよ」
 それは、桃太郎の心に深く突き刺さる言葉だった。別の自分を知ることは、今の自分を否定することになるかもしれない。それがどれだけ恐ろしく、覚悟のいることか、言われるまで気付かなかった。浅はかに答えを欲していたことが、とても愚かしく思える。
「それは……考えたこともありませんでした」
 俯き考え込む桃太郎に、かぐや姫はハッと我に返る。
「すみません、つい生意気なことを……ですが、私にはよく分からないんです。知らない方が良かったのではないかと、そんなふうに考えてしまうことがあって」
「それはつまり……あなたは知っているのですか? 自分が何者であるかを」
 かぐや姫はコクリと静かに頷き、小さく呟いた。
「……月が教えてくれるんです」
「月が?」
「昔から月を見上げると何かを感じていました。誰だってそういうものだと、笑われたりもしたんですけど、そうじゃなくて。最近はよりはっきりと感じられるようになりました。そして、色々なことを思い出すようになったんです」

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