小説

『桃太郎外伝 なよ竹のかぐや姫』長月竜胆(『桃太郎』『竹取物語』)

「逃げているわけじゃないよ。それが大した問題じゃないっていうか、もっと大事なことがあるって気付いたんだ」
「何だ、その大事なこととは?」
 次郎の問いかけに、桃太郎は一呼吸置くと、静かに笑った。
「自分でも何故あの時あんなふうに言ったのか分からないんだけどさ。月の使者に正体を教えてやろうかって言われた時、自然と出たんだ。私は桃太郎だ。それ以外の何者でもない。ってね。それが答えなんじゃないかな」
「よく分からんな」
「お前は誇り高き自由な犬で、次郎だろう。それ以外に何か必要かい?」
 桃太郎が言うと、次郎は大きく頷き、今度は納得したように言った。
「なるほど、そういうことか。つまり、ようやくお前も俺と同じ境地に到達したわけだな。成長を嬉しく思うぞぉ、兄弟」
 いつもの調子に戻り、ニヤニヤと笑みを浮かべる次郎。桃太郎もそれに笑い返すと、ようやく普段の二人に戻ったようだった。
「おばあさんに頼んでキビ団子をたくさん作ってもらおう。それで、月を眺めながらみんなで食べるんだ。久しぶりにキジや猿も呼んでさ」
「おお、それはいい。お月見か。時期外れだが、団子の味は変わらないからなぁ」
「フフッ、やっぱりお前は次郎だよ」
 桃太郎は呆れたように笑うと、何気なく空を見上げた。少なくとも、今だけは、この時が少しでも長く続いてほしい。そう思いながら。

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