小説

『咳をしたなら』室市雅則(『咳をしても一人』尾崎放哉)

 夢ではなかったのだ。
 しかも昨日よりも人数が増えている。
 一人がコンロで料理をしている。
 「二郎か?」
 料理をしていた男が振り返る。
 「おはよう。風邪か?」
 「いや、これって?」
 床で寝ている男たちを示す。
 「ああ、お前が寝ている時にめっちゃ咳き込んでてさ、増えちゃった」
 「増えちゃったって・・・」
 「ま、俺含めて、増えた方は飯を食わないから。ほら雑炊作っておいた」
 テーブルに土鍋を移動させ、蓋を開ける二郎。
 湯気が立ち上り、半熟の卵が姿を見せた。
 その美味そうな雑炊に腹が鳴った。
 笑う二郎。
 それを誤魔化そうと柳田は咳払いをした。
 同時にインターフォンが鳴った。
 二郎が慣れた様子で玄関に向かってやってきた人物を呼び入れた。
 二人の柳田であった。
 「今日、二回咳したか?」
 「したよ」
 柳田はもうどうでも良くなって雑炊を食べた。
 家にいる柳田の数は二十人。
 正確には当人を加えて合計二十一名の柳田が家中にいた。

 柳田は柳田たちを家に置いて出勤した。
 二郎によると特に何も予定がないので、家にいるそうだ。
 もし彼らを誰かに見られたらと不安であったが、二郎が全てを任せろと言ったので、とりあえず会社に向かった。
 今日は金曜日であり、納期の仕事があった。

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