小説

『モモ、傍にいる』木江恭(『桃太郎』)

「にい」
 ごめんなさい。許さなくていい。刑務所に行ったっていい。覚悟は出来ている。
 だけど、モモは行かないで。ここにいて。
「もう、いい、から」
 あの夜からわたしたちを決して寝室に入れなかったのは、魘されて飛び起きる姿を見せたくなかったからでしょう。みんなのヒーローとして出撃しなければいけない自分を保ち続けるためなんでしょう。
 モモはいつだってそうだったから。お兄ちゃんだから、優秀だから、期待されているから――きょうだいのため、周りのため、誰かのために、いつも。
「にい、行かなくていい。パイロットなんて辞めよう。何処か遠くに行ってみんなで静かに暮らすの。それでいいでしょう、それで十分でしょう」
 小惑星O-NIが地球に衝突する可能性は二十パーセント。それによって失われるかもしれない命の重みと数を考えるなら、決して軽んじられるべき確率ではない。
だけどモモの命だって一つだけ。もし何かが起きてしまったら、それは取り返しのつかない一分の一。
「ライカ」
 薄闇で冷たく燃えるモモの瞳を見たくなくて、ライカはきつく目を瞑る。
 わかっている、本当は誰の命だって一分の一だ、モモが乗らないならほかの誰かが命を賭けることになる。誰だって死にたくないとジョーカーを押し付け合う、だからモモは自らそれを引いた。その覚悟を踏みにじったライカを、モモは決して許さないだろう。
 それでもライカはモモを失いたくない。モモを暗い宇宙に放り出すなんて耐えられない。
 例えモモに軽蔑されるとしても、ライカはモモを守ると決めた。
「ライカ」
 モモの上半身がばねのようにぐっと強張った。ライカは必死で踏ん張るが、兄の力強い筋肉は傷ついてなお簡単にライカを跳ね飛ばし起き上がろうとする。全身でモモを押さえつけるライカを、モモの無事な右腕が引き剥がそうとする。
 その肘のあたりに突然、紅葉のような手のひらがすがりついた。
「にいちゃ」
「――エン」
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃに濡れたエンの頬がランプの薄明かりに白く浮かび上がり、モモが呻く。凍りつくライカの背中に小さな温もりがしがみつく。

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