小説

『モモ、傍にいる』木江恭(『桃太郎』)

「にいちゃ、おかえり」
「……ただいま」
 顔をくしゃくしゃにして笑う末弟をモモが抱き寄せる。ライカはテレビを消した。
「お帰り、にい」
 モモは明日、出撃する。

 長兄のモモがパイロットになったのはライカたちを養うためだ。
 両親が死んだ四年前、モモは二十歳だった。民間宇宙船のパイロット養成学校の学生だったモモは、奨学金と支給金を受け取ることが出来る国連宇宙連盟の付属校に転校し、卒業後はそのまま連盟所属のパイロットになった。
 天才、と人々はモモを呼ぶ。もちろんそうだがそれだけではない、とライカは思う。遊びの誘いも酒の集いも断って、家で遅くまで机に向かう背中を見てきたからだ。がむしゃらに前を見据えなかなかこちらを見てくれない兄を遠くに感じて寂しい反面、そんな兄が誇らしかった。広い背中に自分も追いつくと決めたライカは現在、モモと同じ付属校の中等部のパイロットクラスに通っている。いつか兄と一緒にシップを操縦するのがライカの夢だ。
 だった、と言うべきかもしれない。
「ライカ、落とすぞ」
 モモの声に我に返ったまさにその瞬間、ライカのフォークから大きな生クリームの塊がぼとりと落ちて皿を汚した。向かいの席ではコトリが前髪をクリームだらけにしてエンと苺を取り合っている。ばか、けち、ぶす、ぐず!二人の前のケーキはすでに跡形もなく、一番大きく切り分けたはずのモモのケーキは苺とクリームを奪われて無残なクレーターと化していた。
「いいの。あれ、にいのケーキでしょ」
「ありがとう、でも大丈夫だ。ライカの飯が美味かったから腹いっぱいだしな」
 普段なら行儀が悪いと怒るモモは、目を細めて弟と妹の大騒ぎを眺めている。
 夕飯はモモの一番好きなチキンのレモン煮とホワイトアスパラガスのサラダにした。リーフをちぎったのはエンで調味料を合わせたのはコトリだ。いつもならやんちゃな下の二人をキッチンに入れたりしないのだが、今日は特別だった。モモは二人の不器用な手つきを繰り返し褒めてから、チキンに火を入れるライカの頭を優しく撫でた。いつもありがとう、ライカが一番えらいな。
「にい」

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