小説

『Cinderella shoes』植木天洋(『シンデレラ』)

 もう一瞬で購入を考えている。軽く歩いてみて履き心地を再確認して、どこにも痛かったり引っかかったりする部分がないことに感動して、太めのしっかりしたヒールも野暮ったくないサイズ感で好印象だ。
 完璧なパンプスだ。
 基本的にゴツめのデザインが多いブランドなので、レディスでパンプスで、しかも自分のセンスにしっくりくるものはなかなかない。これはもう買いだ。これを逃したら二度とお目にかかれない。はっきりとわかる。
 これは運命だ。さっと差し出されたパンプスがサイズぴったりで、好きなブランドで、好みのデザインだったなんて。奇跡としかいえない。このパンプスは、私と出会うために待っていてくれたのだ。
「これ、いい」
 彼に言う。ほとんど「これ、買う」だった。
 彼は私の即決に少し戸惑ったようだったけれど、それでもほっとしたような、嬉しそうな笑顔でいてくれた。
「よかったね」
「うん」
 何度も歩いて見て、奇跡的なフィット感を楽しむ。膚になじんで、歩きにくさもない。むしろ歩きやすい。
「いい、これ」
「うん」
 彼は笑っている。
 スタッフも空の箱を持って嬉しそうにしていた。
 赤いエナメルブーツのことなどほとんど忘れていた。今履いているパンプスの履き心地があまりによすぎて、このまますたすたとフロアから出ていってしまいそうだった。
 ところが、だ。
 靴が、ない。
 元から履いていたブーツがない。
 もともと履いていた靴もお気に入りのブランドのヒールブーツで、ヒールがありながらスポーティにデザインされたブーツだった。独特の質感もだけれど、一番のお気に入りは色だ。紫の、派手すぎずシックな、それでいて大人しすぎないカラーリング。
 私の紫のヒールブーツが、ない。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11