小説

『まったくなにやってんだ』広瀬厚氏(『浦島太郎』)

 マスターの言うとおり、俺達のバンドはアマチュアと言えど人気があり、実際かなりいい線までいっていたのだ。いろいろな方面からのオファーもあった。もう一踏ん張りすれば、なんとかバンド一本で食っていけそうなところまで来ていた。にもかかわらず俺は、ささいな喧嘩でヘソを曲げ、すでに決まっていたライブをうちやり、スタジオにも顔をださず、メンバーに何も連絡せず、向こうから連絡が入れば完全に無視してきた。メンバーが部屋に直接訪ねてきた時は居留守を使った。そんなことをしているうちに愛想をつかされたのか、ついに今ではメンバーから連絡も何もなくなった。
 俺は二杯目のテキーラを一人ちびちびやりながら考えた。今住まう部屋を出て、これからどうする? 金もなけりゃあ、これと言ったあてもない。真面目に働く気はこれっぽっちもない。みじめに田舎に帰る気もない。かと言って路上で野垂れ死にするのはまっぴらゴメンだ。
 自分の性格から言って他人に頭を下げたくはないが、ここはひとつバンドのメンバーに頭を下げて謝って、ついでにしばらくメンバーの部屋に居候を決めこむってのはどうだ。そしてバンド活動を再びスタートさせ、これまで以上に気合いを入れて頑張ってメジャーデビューするのだ。そしてガッポガッポと稼ぎまくってセレブとなるのだ。
「うん、それがいい」と、ニヤケて一人つぶやく俺にマスターが気づき、声をかけた。
「おっ、どうした圭一君?」
「いや、別になにも」と返した俺は、一人考え飲んでいるうち知らぬ間に、コップが空となっていたことに気づき、
「マスターもう一杯!」とコップを手に持ち、カウンターの中に向け元気よくオーダーした。
 その後俺は三杯目のテキーラを飲み干し、最後にビールをグラスで一杯やってから店を出た。
 ちょうど良い感じに酔っ払った。デタラメな鼻歌を歌いながら俺は、オサラバ近いオンボロアパートへと、月の見える夜道を歩いた。そして歩きながら考えた。
 早いうちにバンドのメンバーに会って、平謝りに謝って、これまでの事を許してもらおう。それから事情を説明して誰かの部屋に置いてもらおう。確かドラムの竹田の借りる部屋が、なかなか広かったはずだ。あいつは人も良いし、いっちょ頼んでみるか。だいたい俺が喧嘩をした相手はベースの森だ。奴が細かいことをぐちぐち言いやがるんで、ついカッとなって・・・・まあ、いい。
 作詞作曲していたのは俺だ。フロントマンも俺だ。結局俺あってのバンドなんだ。きっとそんな俺が頭を下げて謝れば皆許してくれるだろう。気むづかしいギターの中野も許してくれるだろう。本当のところ森だけには頭を下げたくないが・・・まあ、仕方ない。ここはグッとこらえて謝ろう。それでバンド活動を再開してデビューして儲けて、俺もいまにセレブの仲間入りだ。

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