小説

『空の王様』阿久沢牟礼(『裸の王様』)

 そして彼らは、王直属の護衛団としてその身をささげることを勝手に誓った。もちろん外遊に際して王を守る護衛団はすでに国王庁内に存在していたのだが、彼らは入団志願者というわけではなかった。誰の入れ知恵かはわからないものの、どの国家機関とも関わりのない独立部隊として自分たちの活動を認めろ、との要求だった。当然付き返すべきところを、空の王の託宣と述べてルシャイトが、次いでもっと押しの強いゼッツァーが、何とか断って押し返そうとはしたものの、驚くべきことに、彼ら六人の護衛兵団は「王はここに居る」と述べ、あまつさえ「あなたがた右大臣左大臣は嘘を言っている」と指摘した。これを機に、初めての国民投票が、いや王の託宣を聞く会が、開かれることとなった。
 議場はさしあたり王宮中庭とされた。集められた国民は空の玉座に注目し、耳をそばだて、そして王が発せられた言葉の通りに、自らの選択を示すことを旨とした。そうして中庭の、王宮向かって右側にほとんどの国民が集まることによって、どこの者とも知れない六人の若者の独立護衛団成立が承認されたのだった。後の世に鑑みれば、それはまさに、王の権限が国家運営側から国民の側へと委譲された瞬間だった。
 六人の護衛団は神業とも思えるほどのしぐさで、空の王の身の回りの世話をした。目に見えない衣服を着せ、目に見えないくしでその髪をととのえ、目に見えないナイフとフォークで、目に見えない食事を口に運んだ。そうして外側から微細にパントマイムされる王という存在が、しだいに国民のあいだにも浮き彫りされ、承認されていった。
 その年の夏。北の山並みを越えた先にある隣国ソルホースから、早馬に乗った二人の使節が現れた。彼らは自国の王の死を伝えるとともに、ほどなくして開かれる王位継承式典へのリークハウゼン国王の参列を望む旨を伝えた。年に一度は国王の変わるリークハウゼンとは違い、王政の続くソルホースでの王の死と王位継承は一大事である。
「しかしどういたします。王はいないのですぞ?」
 ルシャイトとゼッツァーは国王庁長官ランメルとともに、いささか困惑した調子で、この問題を話し合った。
「はじめに答えを出しておきましょう。あの六人の独立護衛団を使いに出すよりほかに、方法はなさそうです」
「空の王を、あの六人の青年少女にパントマイムさせるということか。そいつは何とも滑稽だな。実質的な王をあの、どこの馬の骨とも知れない若造六人に、肩代わりさせるということになる」
「もちろん心配が無いわけではない。いや、むしろ心配しかない。しかしこれは憲法に則った、侵しがたい決定事項なのですよ。もうあの王の手綱を握ることは、われわれにはできないのです」
「ではせめて、あの六人のお目付け役として、国王庁からの衛兵を帯同させるのはいかがでございましょう」
「先にも言った通り、それは王自らが否定している。彼らはいかなる国家機関とも独立の組織として成立したのです。国民に信を問うてみることもできますが、望みは薄いでしょう」

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