小説

『戻らない船』和織(『クサンチス』)

 彼は言い訳の代わりみたいに片手で頭をぐしゃっとしてから、部屋を出て行った。あの男もまた哀れだ。皆、哀れだ。自分が一番エリィを愛し、自分だけが本当のエリィを知っていたと思っている。けれど本当の彼女を知っているのはこの私だ。そして、本当の彼女のことを愛おしいと思っていた。そう、ただの我儘でしたたかで弱いあの女が愛おしかった。それを、エリィも知っていただろう。そして、私の視線に気づいていながら、他の誰にも見せなかった涙を浮かべた。私にだけは本当の姿を、さらしていた・・・ああ・・・エリィ、私は気づかないフリをしていた。あのウィンクも、意味ありげな微笑も、浮かべた涙も、全てはサインだった。君は・・・・・けれど私は檻の中だ。だから、あるかどうかさえわからない未来だった。私は檻の中から、触れることすらなく君を酷く苦しめていたのだろう。そして君は、秘密と共にいなくなってしまった。エリィ、それでも私は、自分の心さえ欺かなければならない。心を乱されることは、私に許されないのだ。

 


 
「今日は何曜日だっけ?」
 ジョン・デヴィルはジプシーに聞いた。彼は踊る女が好きなのだ。今日は、エリィがいなくなって、初めてパーティーが開かれた。
「木曜日、じゃない?」
 けだるい感じでジプシーが言い、伯爵に寄りかかる。
「じゃあエリィはもうゴミに出されて持っていかれたね」
「あの人はケースの中でさぞ落ち込んでいるんでしょうね。一人きりって、かわいそう」
「でも、これで悩みの種はなくなったよ」彼らの前に座っていたマークが言う。「あの人のお気に入りだったから、通ってこられるのは正直、気を使ったね」
「ああ、気持ちはよくわかる」
 実は結構入れ込んでいたクセに、わざとらしく頷きながら、ジョン・デヴィルが言った。
「確か、二万円だったかな・・・そのくらいで、売却が決まってたみたいだよね」
「そんなに?さすがエリィだな。それで我が主は、今度はどんなのを買うつもりだったんだろう」
「さあね。何にしても、もうあんな厄介なのは勘弁してほしいな」
「まぁ、確かに・・・それは同感だ」

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