小説

『宵待男』室市雅則(『宵待草』竹久夢二)

 だから一見、楽そうに見えますが案外と大変です。
 まず何もせずに(正確には看板を持っているのですが)ただ立っているだけという根幹の部分が大変なのです。
 どう大変なのかと言いますと、とにかく時間の経過が遅いのです。
 不思議なくらい時間が経ちません。
 しかし、孤独なカカシの唯一の楽しみは時間が経つことくらいしかありません。ですから、時間が気になってしまいますが、こまめに確認してしまうと全く時間が経過しておらず、さらに遅く感じます。
 ですので、僕は極力、時計を確認しないようにしています。
 しかしながら、今回の現場は運が悪いことに指定された立ち位置がデパートの向いで、入り口の大きなモニュメントの時計が否が応でも見えてしまうのです。
 携帯電話をいじるのも音楽を聞くのも本を読むのも禁止されており、看板を持って立つことしか許されていません。それでは全く時間は経ちませんから、何か工夫が必要です。
 僕が考えた工夫は空想や心の中でのゲームです。
 例えば、今お金があったら何をするとか、僕の前を通り過ぎる人の買い物袋から晩ご飯を想像するとか、そういったことです。
 つい先日は、五十音順で今までどんな名前の人に出会ったかを思い浮かべました。
 「あ」は高校時代の同級生の「相川くん」でした。
 あまり思い出したくない名前ですが、「あ」と「い」の続きはダントツ一番ですし、僕にとっては忘れる事の出来ない名前です。
 ちなみに最後は「わ」の「和田くん」でしたが、特に思い出もありませんでした。
 時間つぶしの方策として、寝てしまえば良いという意見もありそうですが、この仕事はこの仕事なりに世知辛いと言いますか、たまに社員の方が見回りにやってきます。運悪く、見つかれば社員の方に怒られてしまい、次から雇われなくなるかもしれません。
 しかし、じっと立っていれば眠たくなるのも仕方ありません。
 まして心の中での空想やゲームにも限度があります。
 ですから、僕は目を開けながらも何も見ていないような方法で対処しています。
 半眼というのでしょうか。
 仏像の目のような状態です。

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