小説

『兎田俊介の謀』広都悠里(『ウサギとカメ』『カチカチ山』)

「佐南くん」
「何?」
「さっきの続きだけど」
「続き?」
「おれ、ずっとリベンジ、リベンジ、リベンジって思ってきたんだ」
「三回も言わないくていいよ、しつこいよ。わかってるってば」
「だけど、佐南くんのおかげでふっきれちゃった」
「は?」
「ありがとう」
「なんだよ、お礼を言うのはまだ早いんじゃないの?」
 狸町佐南はうろたえた。そもそも、お礼を言われることに慣れていないのだ。
「兎田のことはもういい」
「へ?」
「もう、どうでもよくなっちゃった」
 亀山啓吾はずんぐりした首をすくめた。
「音楽ってすごいよね。思いっきり、ドラムをたたくとすっきりするんだ。正直、最初は騙されたって思ったんだ。だって、ドラムセットって、位置的にステージの後ろの方じゃない。一番目立つのはボーカルで、ギター、ベース、それからキーボード、ドラムなんて全然目立たないからさ、モテるわけないじゃん。ギターでボーカルの佐南くんの引き立て役にしかならない」
「そ、そんなつもりじゃ」
 長い前髪をぐしゃぐしゃかき混ぜる狸町佐南に「いいんだ」と亀山啓吾は笑う。
「おれはドラムを叩いて叩い叩きまくるよ。それでもう十分。だってさ」
 ぐんと胸を張る。
「ほめられたの、初めてなんだ」
「え?」
「疑ったりしてごめん」
 なんだよ、狸町佐南は唇を噛む。

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