小説

『兎田俊介の謀』広都悠里(『ウサギとカメ』『カチカチ山』)

「もしかしてきみも……」
「ああそうだ。オレだって狸というだけでいつも卑怯で酷い役しか回ってこなかったさ。だから時が来るまでおとなしく目立たないように過ごして、ずうっとイメチェンの機会をねらっていたんだ。その日のために前髪を伸ばし、顔を隠し、気配を消し、わざと曖昧な感じでふらふらしてきた。だがもうそれも終わりだ」
「ちょっと待って。どうして顔を隠してわざとふらふら冴えない感じにしていたんだ?」
「冴えない、まで言うかね?カメにそこまで言われるとショックだぜ。まあ、それだけオレの演技が天才的だということか」
「あーなんか意味わかんなくなってきた」 
「オレたち、そもそも過去に縛られ過ぎなんだよ。昔話とか先祖とか今のオレたちに関係ないじゃん。カチカチ山とかしらねーっつーの。あれは別にオレじゃないし。どっちかっつーと忘れたい葬り去りたい過去なわけよ。だからカメが未だにウサギにこだわって果たし状突き付けたりする方が意味がわかんねーんだけど」
「過去を葬り去るのが無理だからじゃないか」
 ドラムスティックをぐるぐる回しながら亀山啓吾は唸った。
「いくら関係ないふりをしたって、周りは忘れてくれやしない。ああ、亀だ、亀か、あの亀だ、ってなもんだ。だとしたら正々堂々とみんなの前で歴史を塗り替える勝負でリベンジするしかないじゃないか。だけどさ」
「おまえ、すごいな」
 ぽかんとして狸町佐南は亀山啓吾を見た。
「何が」
「その、スティックさばき」
 狸町佐南としゃべっている間、亀山啓吾はずっと手と足を動かしていた。
 くるるるる、るるるるる、回すスティック、つたつたつたたたん、足で刻むリズム。
「すげっ。はやっ」
「こんなもの、練習すりゃあ、誰だってできるよ」
「いやいやいや、だっておまえ、最初の頃と全然音が違うもの。前に鮫島がドラムソロ入れてもいいんじゃないとか言ってたけど、そうだな、これなら入れてみてもいいかも」
 え、と亀山啓吾の動きが止まる。
「それ、本気で言ってるの?」
「冗談を言っている暇はない」

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