小説

『T-box』吉田大介(『浦島太郎』)

 川崎がせかす。資料を相手に向け、1ページ目をめくり何か言おうとする太郎。何の説明を何のためにしなければいけないのか皆目わからない。
「えーっとですね、弊社にも近隣住民などのステークホルダーに対してのアカウンタビリティがありますので・・・」
 ウぉー、すげえ。なんかしゃべった自分!意味が分からんぞ。川崎はふむふむ言ってうなずいている。要領を得たわけではないが、要領を得た感じになって、太郎はA3の資料をめくっては図面を適当に指でなぞり、「手前みそながら、この部分が弊社の一番のウリでして・・・」「やはりこういう時代ですから生態系に与える影響を鑑みますと・・・」
 こういう時代がどういう時代か、話していて自分が分かっていないが、自分の生まれた奈良時代ではないのは確か。このまま、ごまかせればいいが。だが資料は20ページくらいある。あと8ページくらいのところまできて、次のページをめくろうとした時・・・
「だめ!そのページを開いては・・・」
 茶盆を抱えたユリ田が向こうから叫んだ。

 どろどろどろ・・・、もあもあもあもあ・・・あーっ、太郎が今にもめくる最後のページから明るい泥!蛍の光!目がつぶれんばかりのまばゆい白光が一粒一粒から発せられる。
「またかぁーっ!しかしなんで蛍みたいな光かーっ!」語尾がもう日本人じゃない感じになりながら驚く太郎。この事象にあらがうべく、めちゃくちゃにページをめくり続ける。

 ページをめくる右手の感覚がおかしくなる。ペラッ、ペラッ、ペラッ、ペラッ、キュッ、きゅっ、キュッ、きゅっ、キュきゅキュ・・・音もおかしいぞーっ!
 あーっと、右手でめくっているのは、いや、回しているのはレコードのターンテーブルだーっ!大音響。ノイズ。暗闇の中に音楽に合わせチカチカ、ぱぱぱぱと明滅するライト。腰まで振っているオレ!クラブのDJかよ今度は。もう何でも来い!なんか全部適応できてるし、オレ。太郎の眼下には、すげえノリノリの男女がうねうねシャキシャキ踊り狂っている。
 激しくダーティーな選曲、このテンポは奈良時代にはない。つまみやボタンがたくさんある機械の前に立たされている。俺が作っているのかこの音を!女の乳首をいじる要領で適当なつまみを二つ同時にいじる太郎、この辺は奈良感覚でイケた。こっちのを右いっぱいに回すと音が大きくなり、もう一つの乳首は響きの大小だ。わおわおわおわお、と左右にこねくり回すと、ふぁんふぁんふぁんふぁんと音がゆがみ、踊っている者たちの揺れが激しくなる。時々テーブルを回し、ぎゅい、ギュイ、ぐぎゅぐぎゅぐぎゅぎゅぎゅ・・・・

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