小説

『末裔』広瀬厚氏(『雪女』)

「覚悟?」と私は問い返し、抱きしめる手をほどいた。ハルはゆっくりとふり向き、私の目を目でじっと捉え、
「そう、覚悟」と、今度は一音一音力強く言った。殺気すら感じるその言葉に、私はごくりと唾を飲み込んだ。
「第一にわたしの話を聞く覚悟はありますか?それはわたしにとって大変大切な秘密です。もし話を聞いたならば、絶対他言していけません。万が一誰かに話した時は、わたしはあなたを殺さなければなりません。あなたが秘密を他言すればすぐにわたしに分かります。そして確実にあなたの命を奪います」
 ハルはそこまでたんたんと話して、しばし間をおいたあと、うっすら笑みを浮かべた。
「それはどう言う、、、」と、不安気に言葉を途中でとめた私に、彼女はまた話し始めた。
「わたしの秘密を話したところで、何かをあなたに強要するつもりはありません。だけどこれは運命なのです。あなたにはわたしの秘密を知る権利があります。と言ったところで勿論権利を放棄しても一向に構いません。あなたがどうするか自分で決めてください。さあ、アキオさん覚悟はありますか?」
私はハルの瞳に宿る冷たい光の正体を知りたく頷いた。
「ああ、聞かせてくれないか」
「わかりました」そう言ってハルは、ゆっくり自分の秘密を私に語りだした。
 まず最初に彼女は言った。自分は今ではほとんど残ることのない、雪女の末裔なのだと。私はとくに驚くことなく冷静に、ああそうなんだ、と少しの疑いも抱かず、自然にそれを受けとめた。そして彼女は話を続けた。それは次のような内容だ。
 子供の頃彼女は肌がとても白い他、さほど普通の子達と変わりなかった。しかし暑さにはやはり弱かった。小学生の時校庭で夏の太陽に気が遠のき、いく度か倒れ保健室に運ばれ、まわりの皆を心配させた。逆に冬はとても元気だった。どんなに寒くてもへっちゃらだった。雪の降るなかを半袖姿で平気にかけまわった。気温が下がるほどに白い肌はより白く、透き通るように輝きを放った。彼女はそんな自分自身を鏡に映し、子供心にも美しいと思った。中学に上がってすぐ初潮を迎えた。すると彼女のなかに眠っていた非常に冷たく不思議な何かが目覚めた。そして母親から自分の秘密を教えられた。
 母親も彼女と同じ色の白い女だった。彼女の生まれる以前に亡くなった、祖母も色の白い女だったと言う。雪女の血統である。昔から伝説に語られてきた雪女だ。雪の精だとも聞く。それは実際にいて、なんとか今でも血は絶えずにいる。とは言うものの、次第次第に血は薄れ、話に聞くほどの特別な力はずいぶん今では弱まっている。
 三十才までに子供を産まなければ、雪女の命の灯火はすうっと消えてしまう。雪女の産んだ〈一番目の女児〉だけが雪女となる。だが産まれる確率は男児のほうが多く、女児は産まれないことも多々ある。男児は親から何も雪女について伝えられることなく成長していき、一生そのことについて知らない者も多い。

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