小説

『七分の六番目の河童』園山真央(『河童』芥川龍之介)

「何も変わらない毎日が、ただ平穏に過ぎて行くことです」と私は答えた。抹茶茶碗を正客に返した早苗さんは、すっ、と自分の席に戻りながら「そんなの、死にたいって言ってるのと同じじゃない」と決めつけるように言った。私は目を丸くした。驚きのあまり言葉が出てこなかった。律子さんの肩の向こうで、早苗さんは知らん顔をしている。律子さんも戸惑ったようで、私を掴んでいた手が緩んだ。それを機に、菓子器を片付ける振りをして水屋に立つ。
 障子一枚隔てた水屋の向こうで、〈それは違う〉という想いが怒りとなって私の頭を渦巻いた。私は生きているし、生きようとしている。平穏な毎日は、そのための切実な願いなのだ。死にたいなんて、一言も言っていない。だけど私は、戻って反論する気になれなかった。〈無駄だ〉という思いが強かった。どうせ伝わるはずがない。価値観の違い以上に、そもそも、見てきた世界が違うのだ。なにも言う必要は無い。平穏な毎日を願わなくても良い彼女たちは幸せなのだから。

 茶道の教室は先生のご自宅で毎週土曜日の午後、開かれる。生徒は全部で七人で、年長の順に律子さんと早苗さん、一つ年上の百子さんと彩さん、同級生の遥と美穂ちゃん、それから私。一人がお点前をしている間、二人が客となり、残りは見取り稽古をする。優しい先生は見取り稽古も疎かにお喋りに興じる私たちを叱りもせず、いつも穏やかににこにこしている。茶道よりも和菓子を食べたかった高校生が茶道部に入り、学校卒業と同時に、外部から指導に来ていた先生の直弟子になった。そのため、茶道とはいえ学校部活動の延長のような教室だった。しかし、それもいつの間にか四年経ち、最年少の私たちもこの春、大学を卒業して社会人になろうとしている。律子さんは昨秋に結婚式を挙げ、今はお腹に子どもがいる。なのでお抹茶は飲まず、お稽古には参加しても、飲むのは持参のノンカフェイン茶だ。
 遥のお点前が終わって、次は美穂ちゃんの番だ。水屋で用意したお菓子を彼女に渡し、建水を提げて下がって来た遥と場所を交代した。一畳幅の水屋は狭い。
 正客だった美穂ちゃんは亭主に、次客だった早苗さんは末客になり、他の生徒は二席ずつ席を繰り上がって行く。次の正客は律子さんだ。次客席は空いている。
「慶ちゃん、」と手招きする三客の百子さんに、「お腹が空いてないんです」と首を振り、身振りで〈どうぞお先に〉と勧めた。律子さんが悲しそうな顔をする。百子さんは困りながらも一つ隣の席に移り、代わりに私が百子さんと彩さんに挟まれて三客席に座った。全員の席が落ちつくと、「よろしいですか?」と先生が微笑む。それを合図にさっと障子が開いて、美穂ちゃんが礼をする。このときばかりは私たちもお喋りを止め、全手をついてお辞儀を返す。

 お稽古を終えて家に帰ると、割れた食器の中で母が泣いていた。黙って父が片付けている。どうせまた、兄が暴れたのだろう。きっと早苗さんも、他の皆も、こういう世界を知らない。私は静かに段ボールだらけの部屋に戻り、就職を機に家を出るための荷造りをせっせと進めた。壁の向こう側から獣のような兄の呻り声がする。どうせ意味など無いのだから、わざわざ聞く価値も無い。耳にイヤホンを差して、適当な音楽を流しながらガムテープをびりりと破く。

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