小説

『ブリコラージュ』柿沼雅美(『流行歌曲について』萩原朔太郎)

 「おなかすいてるならコンビニで何か買ってくるけど、敬子ちゃんどうする?」
 「あ、いいよいいよ、私が買って来るよ、泊めてもらったし。アパート出て右行ったとこにあるコンビニだよね?」
 「まじ? ラッキー、じゃあテキトーになんでも。あと、ビール」
 へへへ、と嬉しそうに言う慶一郎に、りょ、と返事をして、床に転がっていたバッグを持って部屋を出た。
 週末に知らない街を見渡すと、なんだか非日常で、ふわふわした気持ちになる。そういえば彼氏がいるときはこんな感じだったかもしれない。結婚してふたりで暮らしたりしたら、朝起きて食べるものなかったねなんて言って、こんなふうにコンビニに行ったりするんだろうか、と思いながら歩いた。歩きながら、同級生たちはとっくにそんな生活通り越してるのに、とも思った。
 昨日、高校を卒業してから初めて同窓会に出席した。たまたま予定がなかったというのもあるし、有名なコメンテーターになったクラスメイトの舞ちゃんとひさしぶりに話してみたかったからだった。
 コメンテーターはコメンテーター然としていた。白いきちっとしたワンピースを着て、席に座っていた。舞ちゃんは私を見て、テレビと同じように微笑んでくれた。隣に座ると、けーこだよね、変わらない、ひさしぶりぃ、と顔の下で両手を振って喜んで見せた。昨日の番組のコメント秀逸だった、とか、いつも服が雰囲気にぴったり、とか、先月出た著書買ったよ、とか、話そうと思った矢先、何人もの人が彼女に話しかけはじめた。あの司会者ってどんな人なの? あの女優さんと話した? 次なんの番組出るの? ゲストに誰々来たらサインほしー! めまぐるしい話は全て舞ちゃんに投げかけられたもので、舞ちゃんはひとつひとつに嫌味なく笑いながら返事をしていた。席をかわるにかわれなくなっていた私は、彼らの賑やかなやりとりをふんふんと聞いて、みんなが笑うところで一緒に笑った。もう私ここにいなくてもよくない? と学生時代と同じ感覚になったところで、慶一郎が割って入ってきた。
 うるせーな、おまえらなんなの? ミーハーなの? マジうざいわ、いい年して女優がなんだとかサインがなんだとかマジなんなの? もっといろんな話しないわけ? 同窓会が始まる前から飲んでいたような口調だった。
 慶一郎に、全員が何秒か黙った。黙って、足元を見たり誰かと目を合わせて何か言いたそうにした。舞ちゃんがそこで、わぁ飯田くんでしょ変わらないねぇ全然老けてなぁい、そうだ、みんなの近況も聞かせてよ、と声を高くして言った。さすがだな、と私は思いながらそっと立ち上がって輪から逃れた。
 それから一人でドリンクを選んでいた私に、慶一郎が声をかけてきたのだった。災難だったべー? とへらっとしていた。途中で、慶一郎と一緒に軽音部に入っていた人たちが何人か来て、昔のライブの話や近況や忘れかけていた先生の話をした。みんなが帰ってから、気づいたら埼玉方面の電車がなくなっていたのだった。
 それでも、慶一郎との話は楽しかった。昔はこんなに関わることなんてなかったのに、今は仲の良かった子たちよりもずっと話しやすいのが不思議だった。心地よい気分のまま慶一郎の部屋に帰って、そのまま眠っていた。

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