小説

『そして、黄金の午後へ』山本紗也(『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』)

 花たちはお喋りをやめた。季節を忘れたうかれウサギも今ばかりはおとなしい。ヤマネは眠い目をこすっている。ケンカをしても一緒にいるトゥイードルダムとトゥイードルディ。塀から降りてきたパンプティダンプティ。ライオンとユニコーン、セイウチと大工、羊に年寄りのカエル、王様女王様、そして僕も、キャロル教授の話を、いまかいまかと待っている。
教授は伏せていた目を開けると、僕等のことを認識するかのように見渡し微笑むと、ゆっくりと話を始めた。

    *   *   *   *

「少し話をしていかないか?」
 侯爵婦人に挨拶していた僕に、チャシャが声をかけてきた。
ゆらりと僕の周りを回って、白い歯を見せる。
僕はチョッキのポケットから懐中時計を取り出した。
「まだ、時間はあるわよ。可愛い子ちゃん」
 最後の言葉は、抱いている赤ん坊に言ったのだろう。侯爵婦人は、珍しく優しい声で言った。たぶん、赤ん坊の機嫌が良かったからだろう。
僕が頷いて懐中時計をしまうと、チャシャは嬉しそうに目を細めた。
チャシャはいつも笑っていて、何を考えているか解らない奴だけど、僕はこいつを嫌いになれない。
「彼等は何をしているのかい?」
 僕等のちょうど後ろあたりで、二スケ、五スケ、七スケが、頭を寄せて青ざたり、頭を抱えて、天を仰いだりと、目まぐるしく動いている。
「赤いバラを植える場所に、白いバラを植えてしまったらしい」
 僕の耳は大きいから、聞こうと思わなくても彼等の話が聞こえたのだ。
「ヘェ」
 チャシャは、身をひるがえすと、彼等の間にするりと入った。そして、彼等に耳打ちする。
「赤く塗ったらどうだい」
 彼等は、それは名案だというように大きく頷くと、慌てて駆け出しいってしまう。
「女王様にはバレなければよいけれど」

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