小説

『かなしみ』末永政和(『デンデンムシノ カナシミ』新美南吉)

「悲しい」という漢字を国語の授業で習ったときのことを、少年は思い出していました。
「みんなにはまだ早いけど、いっしょに覚えてほしい漢字があります」と国語の先生は言いました。黒板には、「悲しい」という字の隣に「愛しい」と難しい字が書かれていました。
 昔の人は、大好きな人や大切なもののことを思うとき、「愛しい」と書いて「かなしい」と言ったのだそうです。
「悲しみは誰もが持っているものです。私たちは悲しみをこらえていかなければいけないけれど、その先にはきっと、愛しみが待っているんですよ」
 そのときにはよく分からなかった先生の言葉が、ようやく理解できたような気がしました。少年はいま、自分の背中にはかなしみがいっぱい詰まっているのだと思いました。それはとても愉快なかなしみでした。

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