小説

『sleeping movie』日吉仔郎(『眠れる森の美女』)

 いびきもかかず、変な姿勢に身体を折り曲げることもなく、お父さんは腕組みして、目を閉じて、すごく綺麗にすやすやと寝ていた。頭は微かに前後に動いて、気持ちよさそうに船を漕いでいる。
 ええええええ、寝るの? 確かに退屈だけど、でもお父さん見たいって言ってたじゃん!
 わたしは驚いて納得できなくて、肩を揺すってお父さんを起こすべきか真剣に悩んだ。でも見たかったやつで寝ちゃうくらいだし、仕事とかそういうので、疲れているのかもしれない。
 思い返せばお父さんはこう見えて、昔から残業や出張が多かったじゃないか。何しているのかよくわかんないけど、たいへんで忙しいんだろう。土日もほとんど家にいなかったし、もしかすると今日こうやって時間を作るのにも、相当な苦労があったのかもしれない。
 映画館まで来るお父さんの足取りは確からしかった。たぶん今日、わたしと会ってなにしたらいいだろうって考えて、久しぶりだから間が持つかどうか心配したか、それか昔わたしが映画館に行くのを楽しみにしていたのを覚えていてくれたか、とにかくいろいろ考えて、映画館に連れてこようって決めたんだ。いちおう気遣ってくれて、結果的には空回りして、わたしはいま全然興味のない映画を見ているけど、でも。
 お父さん、わたしと会うの楽しみにしてたんだ。わたしのこと、嫌いになってないんだ。
 わたしはお父さんを寝かしたままにして、スクリーンへと視線を戻した。スクリーンではおとなたちが、怪獣を倒すためのわけのわかんない会議をしている。怪獣はたまに出て来て、京都の町を滅茶苦茶に壊した。本当に、何が面白いのか全然わからない。
 ただ、建物が崩れる音もミサイルが爆発する音も、すごく大きいけれど、映画は静かだった。暗いなかでわたしは目の前に広がる世界と一対一でいる。お父さんが寝てしまっても寂しくない。
 ポップコーンの残りを食べ、カルピスを飲む。お腹が膨れてくると、わたしのところにも静かに睡魔が打ち寄せてきた。瞼が重たくなってくる。波が意識を、どこかへとさらっていってしまう。
 わたしは、わたしたちは、広くて狭いコンクリートジャングルの一室で、遠くを思って眠り込んでいる。

 夢から覚めて顔を上げると、スクリーンにはエンドロールが映っている。わたしは眠たい目をこすった。隣を見るとお父さんは、まるでずっと起きて映画を見ていたみたいに神妙な顔で、エンドロールを凝視していた。わたしが寝ていたのに気付いているかはわからない。
 でもわたしは知ってるよ。お父さんが寝てたこと。
 エンドロールが終わって、スクリーンにカーテンがかかった。

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