小説

『カグヤちゃん』木江恭(『かぐや姫』)

 いや――まさか、それ目当てってことはないでしょ、あんな美人がわざわざね。
 え、お客さんも行きます?へえ、はいはい、了解です。

 こちらです。
 ああ、ええ、身元はもうわかっているんだそうです。ただお引き取りになる方がなかなか決まらないとかで、僭越ながら拙僧がお預かりすることになったのですよ。御出身は東京らしいのですが、独り身で、御兄弟とも前の奥様ともなかなか連絡がつかないとか。この方が亡くなられたのはもう十数年、ほとんど二十年も前のことらしいですから御両親はとうに他界されていますし、御身内の方も突然のことで戸惑っていらっしゃるのでしょう。とはいえ、ええ、本当に、何というか、悲しい世の中ですねえ。諸行無常のこの世の中で、骨になってもなお憂世を流離わねばならないとは。
 それにしても不思議な偶然ですねえ、昨日も若い女性が訪ねていらしたのですよ。ええ、こちらの仏様に。じっと長いこと手を合わせていらしたので、もしやお身内の方かと思ったのですが。ちょうど、娘さんがいらしたらそれくらいの歳かな、と思いましてね、ですがそう尋ねても曖昧に微笑んで首を振られるばかりで。それ以上は根掘り葉掘り聞くのもはばかられましてね。
 ちょうど今のあなたと同じあたりに座って、しばらく黙って、時々思い出したように鳴き始める蝉の声なんかを聞いておりまして。
 そうしたらふと、その女性が言ったのですよ。
 ひとは死んだらどうなりますか――とね。
 そこで御仏の教えを説くことも出来たでしょうが、しかし、そうではないと思いました。そういうことが聞きたいわけではないのだと、何故かそう思ったのですよ。
 拙僧が黙っていると、その女性は寂しそうに笑いました。
 わたしはこう思います。ひとはいつか、何処か遠い故郷に帰っていくのです。そして時の経つうちに、生きていたことさえ忘れられてしまう。このひとはいいですね、だって見つけてもらえたのだもの。
 そう呟く横顔が、こう――この世のものならざるといいますか、若い女性とは思えない、何とも言い難い凄みを帯びていましてね。拙僧が言葉に詰まったところですっとこちらを向いて、その顔がまたひどく青白く、それでいて目には強い力があって。このひとを見つけた方にお会いしたいのですが、と。
 ただの好奇心だとか野次馬根性のような事情であれば勿論お断りするところだったのですが、あんな顔を見てしまった後ではとてもそうは思えませんでした。ええ、見つけたのは村の若い駐在さんでしてね、まあプロですから、変なことにはならないだろうと思いましたし。
 名前、ですか。そういえば……どうでしたかね……ええ……すみません。思い出せないのか、そもそも聞かなかったのか。嫌ですなあ、つい昨日のことだというのに。

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