小説

『階段職人』早乙女純章(『小人の靴屋』)

 外では、この階段を昇ろうと並んでいた人々が、どんどん去っていく。人の声、雑踏がどんどん遠のいていく。
「もうこの階段は使えない」「この階段は新しく作り変えるしかない」
 人々が諦め半分に言っている。この階段を作り変える。その言葉は、階段職人の間でも長く囁かれていたことだった。父のギアーが亡くなれば、もう『歯車』式階段を継ぐ者はいず、動かせなくなる。
『歯車』式階段は古臭くて、廃れる運命にある。新しい階段にすべき、それが時代の流れで正しいことなのだとポストも頭の中では思っている。けれど、いざなくすと聞くと胸の内は捻られる思いだった。
 父の背中がますます遠のいていってしまう気がした。人が去っていくごとに、このままずっと父の姿は見つけられない気がした。
「こんなに重い階段……どうしたって僕なんかの技量で支えることなんて無理だ……父さんは独りで頑張り続けて、やっぱり疲れてしまったんだ……。もうダメだ……父さんを見つけられない、僕の力でも階段を支えることはできない……」
 ポストが何もかも諦めて項垂れていると、掌大の歯車が一つ、コロコロと近くに転がってきた。
「んっ、これは……」
 手で掴んでみると、それは一部が破損した歯車だった。
「ダメになった歯車じゃないか……」
『歯車』式階段は、無数の歯車で成り立っている。歯車一つでもダメになってしまえば、階段は機能しなくなる。
 ポストは、はっとなって立ち上がり、歯車が転がってきた方へと進んでいった。

 ポストは父・ギアーの姿を見つけた。
 仰向けに倒れていたが、しっかり息はしている。
「父さん!」
「おっ……おお……ポストか」
 ギアーは天井を向いたまま返事をしてくれた。意識もちゃんとある。
 ポストはギアーの上体を抱き起こした。
「大変なことになってしまったな。階段が止まってしまっただろ」
 ギアーはやはり大分疲れた様子だったが、それでも意識や喋る言葉ははっきりとしていた。
「さっき、これを見つけたんだ」
 ポストは一部が破損した歯車を見せる。
「これは……ああ、そうだ、歯車が一つ、寿命をまっとうしてしまったんだ」

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