小説

『階段職人』早乙女純章(『小人の靴屋』)

 一方、『電柱』式階段は人間の重さを一段ずつ支えるだけだ。上下、次の段へと促す作用は一切働かない。完全に人間の気力・体力に任せるのだ。だから、階段を昇り降りする人間がいくら疲労していようが、気分的に鬱屈していようが、階段職人は全く気にせずに仕事に従事できる。その分疲労も少ないし、また、担当の段を上段・中段・下段と複数人で分担することが可能で、負担は更に軽減される。
 『歯車』は古いだけでなく、かなりの重労働で、階段職人にとっては何のメリットもないように思われた。
「重労働なのに、父さんは、どうしてそんな『歯車』を続けようとしたんだよ。いくらそれでずっとやってこれたからって、慣れてるからって、いつか身体がおかしくなるって分かってたはずなのに」
 ポストが見てきた父の背中は、いつも遠いところにあった。手を伸ばしても触れることは叶わなかった。今だってそうだ。父の姿はまだどこにも見つけられない。
 階段はみしみしと音を立てている。いつ人間の重みに耐え切れずに崩れてくるか知れない。
「とにかく応急処置をするんだ。僕がこの階段を支えるしかない」
 ポストは『電柱』で階段を支えようとした。
 けれど、『電柱』で支えようとしても、階段が正常に戻ることはない。あちこち慎重に柱を立ていっても、それらは段の上でへたり込んでいる人間の重みに耐え切れず、ほんの数秒で折れていってしまう。折れるたびに、階段全体から響くみしみしという音が強くなる。
 ポストの技能が低いことだけが原因ではなかった。『歯車』式階段は、階段全段を支える。『電柱』式階段は一段一段を支える。仕組みがそもそも違うのだ。
「父さんは……独りでこんな重さを支えてきたのか……たった独りでこんなに……」
 ポストはもう数日分働いたような感覚で疲労困ぱいになり、床が埃まみれだろうと構わず、その場に座り込んでしまった。
 もし、仲間が加勢してくれて、みんなで『電柱』を用いて支えようとしてもきっと無理だったろう。この階段は足し算で重さが加わってくるのではなく、掛け算で重さが加わってくるのだ。そして『電柱』は足し算での重さしか支えられない。その程度の強度しか『電柱』は持ち合わせていない。もし無理にでも多くの『電柱』で支えようとすれば、最悪の結果を招くことにもなりかねない。『歯車』式階段で、『歯車』の代わりにたくさんの『電柱』で支えようとしても、必ず柱は折れていってしまう。いっぺんに折れてしまえば、この脆くなっている階段を刺激して、大きな崩落に繋がるだろう。
 みんなで助けようと押し寄せなくて正解だったのだ。

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