小説

『階段職人』早乙女純章(『小人の靴屋』)

 父のその表面上の気持ちとは裏腹に、『歯車』の技術を用いて仕事を続けるのはやはり心身を削るほどに過酷なはずで、その齢も相俟って、もうそろそろ限界なのだろうとも思っていた。昨今の父の曲がった背中を見る度に不安が過ぎることも一度や二度ではなかった。
 ここからでは父の姿は見えない。父はまだ階段の内部にいるのだろう。
離れて見ていると、父の階段は人々の重さに耐え切れずに、疲れてしまっているかのようにも見える。階段を必死に昇ろうとしていた人々も今ではすっかりへたり込んでしまっている。階段の内の父は、疲れた人間の下敷きになってしまっているように思えた。
 他の階段職人たちも、この尋常でない騒ぎを聞きつけて集まってきた。
「あぁ……やっちまったか、ついに」
「ギアーの親父さん、頑固だからな。『歯車』にこだわり続けて、『電柱』を取り入れることなんて一切しなかったもんな」
「まあ、『歯車』の腕は確かだったからな。だから、みんな、この先もいけるだろうって、信頼はしてたんだけどな」
「でも、ほら、実際、階段がああして壊れちゃうなんてさ。やっぱりほんとはすごく疲れてたんだよ。相当無理してさ。階段職人を続けることなんて無理なことだったんだ」
「ほんとだよな。こっから見ただけで分かる、階段がすっかり疲れちまって寝転んじまってるもん」
「階段の上にいる人間まであんなふうにぐったり疲弊させちゃって。すっかり動けない状態じゃないの、え。ほら、『もう会社になんて行きたくない』とか不平不満を口々に吐き出してるのが聞こえてくるよ。階段が壊れるなんてのは、人間にとっちゃ、人生が止まるのと一緒みたいなものなんだよね」
「そう。あの階段だけの問題じゃなくなるんだ。あの階段を昇り降りしてる人間の人生にも及んでしまうんだ。だから、階段が壊れるなんてあっちゃいけないことなんだ。俺たちも改めて気をつけなくっちゃな」
 その言葉に皆、同意して深く頷いている。
「でも、あれ、どうすんだよ、一体。ここで悠長に見ているわけにもいかないだろ」
 口々に吐き出される非難の声は、ギアーの息子・ポストにも向けられているようだった。
 ポストも階段職人にはなったものの、父の古い技術を受け継ぐことをためらって『電柱』を用いている。
「いくら長年の実績があったって、『歯車』の技術も、これでおしまいだな。あの階段もいよいよ『電柱』に変える時が来たってことだ」

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