小説

『夢N夜』宮川裕陽(夏目漱石『夢十夜』)

 こんな夢を見た。
 私は白い部屋にいた。広過ぎも狭過ぎもしないこの白い部屋はどうやら正六角形の形をしており、その頂点のいくつかでは、隅に溜まったホコリをどうにかして吸い出すべくルンバが格闘していた。
 部屋の真ん中には薄汚れてくたびれた白シャツを着た男が座っていて、「わたしは古いGoogleです」と名乗った。私は、そうかGoogleも昔は人だったのだなあと何故か納得し、彼に近寄る。どちらにしろこの白い部屋のどこにも扉は見当たらず、どうせ暇なら彼と話でもした方が有意義であろうと考えたまでである。
「この部屋には出口も入口もありません」と彼は宙を見つめながら云った。「ですが、全く同じ形の部屋が無数に並んでいます」私は無数の白い六角形の部屋で蠢く無数のルンバの姿を思い浮かべて身震いした。「そして、わたしがこの部屋の外に出られるのは、わたしが死んだときです」「どうやって?」私は思わず問いかけた。「ルンバに運ばれて換気口に投げ捨てられるのです」彼はこともなく答える。あまりに疑問点が多すぎる回答だったが、私はこれ以上彼に質問するのを控えることにした。
「あなたに読んで欲しいものがあります」彼はいつのまにか文字がびっしりと書かれたA4用紙を手にしていた。「あなたは夏目漱石の『夢十夜』はご存知ですか?その中の第六夜なのですが・・・」もちろん知っていた。近代日本を代表する文豪、夏目漱石の異色作『夢十夜』。「こんな夢を見た。」という書き出しから幻想的とも悪夢的ともいえる摩訶不思議な奇譚が第一夜から第十夜まで語られる短編だ。その第六夜といえば、仁王像を彫る運慶のエピソードである。明治の人間の前で一心不乱に仁王を刻む運慶。その様に感化され、木の中に予め埋まっている仁王の姿を掘り出すことこそ彫刻の真髄と気づいた主人公は、自分も仁王を彫ろうと家に帰るが、どうしても上手くいかず、明治の木に仁王は埋まっていないことを悟る、という物語だ。
「わたしには物語というものはよく分からない。なんとかこう、はっ、と、物語とはこういうものだったのか、と分かりたいものでしてね。試しにGoogle翻訳にかけてみたんですよ。一旦本文を英語にしてから、それももう一度日本語に翻訳する。これを10回ほど繰り返してみたのです。そして、その結果を是非あなたに読んでいただきたい」Googleのくせに10回というのはあまりに少なすぎる気がしたが、彼はGoogleの中でも古いGoogleなのだと思い返して納得した。なにしろ彼は私と同じ人間なのだ。そして人間にとって、翻訳と再翻訳を10回繰り返す作業というものはきっと神経をすり減らすものに違いない。私は何も聞かずに彼が差し出したA4用紙を受け取った。彼はあいかわらず私と目を合わせてくれないが、その紙には、『夢十夜』第六話を10回日本語に再翻訳したものだが、以下のような文章が正楷書体でタイプされていた。

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コメント
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    作品を自動翻訳するという、ある種の作家殺しを作品(便宜上作品と呼ぶ)の中で行うという発想が興味深かった。自動翻訳が繰り返された作品は文学たり得るのだろうか。(3月期優秀賞受賞者:白石幸人)