小説

『レモン』こさかゆうき(『檸檬』)

 玉置のシャキッとした姿勢にすっかり騙された、と私は一人で憤慨した。「面倒くさい中年社員と後輩社員(こいつがなぜいるのか、いまだに不明である)をたしなめる役を請け負った、優しさにあふれるやり手営業マン」だとばかり思っていたのだ!
「ただ、先方の倉本部長が大変お怒りだったので。とにかくまずはご要望を聞こうとしたのでして…」
 玉置は終始下手に出て丁寧な言葉を並び立てているが、彼のセリフはもはや私の同情を誘うことはなかった。代わりに、私の胃痛を誘った。
 走馬灯のようなフラッシュバックとともに嫌な記憶がムービー形式で脳裏に流れそうになった。無機質な白い会議室、ウィーンという低音と熱を発するプロジェクター、目の前に並んで座る無表情のおっさん、おっさん、おっさん。
 それから、「仲間」の面々。訝しげな顔や苛立った顔が、こちらを向いていた。
 私は目にギュッと力を込めて閉じ、何とかこのムカムカする記憶を頭の中から振り落とした。
「まあ、柳田さん、こうして玉置さんも反省してるんですし、今夜は打ち上げってことで楽しく飲みましょうよぉ!」
 いきなり、後輩くんが不自然に明るい声でそう言った。
「ね、玉置さん?」
 後輩くんは、玉置に労るような口調で言った。きっと仏様のような優しい表情を玉置に投げかけているに違いない。最初こそ、だらしない口調にイラッとしたが、本当はいいやつなのかもしれない、と私は彼に対する評価を少しだけ訂正した。
 後輩くんが何を食べているのかが見えないことが、残念だった。彼の手が、レモンの爽やかな香りに包まれていることは知っていた。私はレモンの香りを想像しながら、新しく頼んだ焼酎の水割りを飲んだ。強烈な芋臭(これがたまらない)のあと、微かに柑橘系の爽やかな風が鼻の奥を抜けていった気がした。
 玉置の皿には、相変わらず唐揚げがひとつ乗っていた。
 もうかれこれ半時間以上皿の上に放置され、これからも食べられることのないであろう唐揚げは、粘土でできした小さな岩のように見えた。そのとなりには、さっき追加注文したオムソバが鎮座している。これは玉置が頼んだもので、私が確信しているとおり、レモンをかけずに食べる料理だ。
 ほーら!
 玉置の箸が、また「フェイク」を演じた。今回は、唐揚げの上を通り過ぎるだけでなく、実際に唐揚げに触れた。箸の先にレモンの果汁がわずかに付着した可能性があるが、彼はそのリスクを背負ってでも、「唐揚げのことは忘れてないです、いつか食べるんです」という姿勢を示しているのだ。
 何と律儀で、愚かな行為なのだろうか!

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