小説

『レモン』こさかゆうき(『檸檬』)

 私は少し前から、すぐとなりに座っている若い男の前に置かれた皿に密かな興奮を抱かずにはいられなかった。
 ちょうど、上品なサイズのケーキを乗せられるくらいの小さな丸い皿。その上に、焼きそばや唐揚げ、サラダの葉っぱや千切りの大根やにんじんといった料理がところ狭しと盛られている。男は几帳面な性格なのか、それぞれの料理の領域をくっきりと分け、互いが混ざらないよう整理していた。
 しかしこの際、何が盛られているかはさして重要ではなかった。注目すべきは、彼が何を食べ、何を食べていないかである。
「結局、営業なんて客のいいなりじゃねーの」
 男の正面(つまり、私の斜め前)に座る小洒落た赤い縁のメガネをかけた中年の男が言った。「じゃねーの」の最後の方で、おもむろに箸を動かしてだし巻き卵を口に運んだ。それから、唐揚げをつまみ、ビールを煽った。
「ほんっと、柳田さんの言うとおりっすよぉ。結局俺らスタッフは徹夜続きになったし、キツかったなぁ!」
 私のとなりの男のとなり(私からすると、男の向こう側)に座る学生みたいな話し方の男が、語尾を伸ばしただらしない口調で同調した。言い終わってから、カチッとライターで火をつける音がしたので、タバコを吸いはじめたのだろう。間もなく、微かな甘ったるいメンソールのにおいが届いた。私は久しぶりにタバコを吸いたくなった。
 私はスマホの画面の下にある丸いボタンを押した。四桁の暗証番号を入力してロックを解除した。一体、一日に何回同じ行動をしているだろう。何も見るべきものなどないのに。
 私は白く刺激的な光を放つスマホの画面を食い入るように見つめるふりをしてやや背中を丸めて、となりの男の様子をうかがった。濃紺のスーツの袖のあたりが視界に入る。もう少し、気づかれぬように目を動かし、彼の顎のあたりまでを視界に入れる。男はシャキッと背筋を伸ばしており、「筋が通っている」という言葉を連想させる美しい姿勢だった。姿勢の良い人は自分に自信がある人だと、どこかで聞いたことがある。いや、自信があるから姿勢が良くなるのだったか。
「おーい、玉置。お前に言ってるんだぞ。わが社のミスター伝書鳩さん」
 赤メガネが「玉置」に、粘っこいニタニタ顔を向けて言った。玉置は、ほぼ100%の確率で、私の横に座っている男のことだ。
「いやぁ、柳田さん。今回のプロジェクトでは本当にご迷惑をおかけしまして」
 玉置は文字通りの猫なで声を出して、柳田の絡みを受け流そうとしているようだった。座りながら上半身だけを起用に折り曲げてペコペコと詫びる姿を視界の隅でとらえた。自分に自信があるようには、まったく見えなかった。
 私は同じ営業職の人間として、玉置の心境が痛いほど理解できた。営業とは、客から無理難題を言われ、会社に持ち帰り「仲間」に相談すると、まるであたかも「敵」かのように集中砲火に遭う人種なのだ。

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