小説

『デジャヴ殺人事件』aoto(『赤ずきん』)

 もともと、母と祖母とのそりが合っていないことも原因の一つなのかもしれない。母には仕事があり、祖母の急な風邪に対処することが難しいようだった。だからこそ少女に白羽の矢が立ったのだが、祖母からすれば、仕事を休んでも見舞いに来るのは当然なことだった。この上、少女にトラブルが起きれば祖母はここぞとばかりに母を責め立てるだろう。
 考え方の相違も二人の溝が深まる一つの要因だった。
 母は初め、少女のお見舞いを渋っている様子だった。物騒な世の中、女の子一人で外を歩かせるのは危険なことのように見えた。
 少女はすぐにでもお見舞いに行くべきだと主張した。きっと、祖母もそうしてほしいと願っているに違いない、と。
「明日、お母さんと二人でお見舞いにいくっていうのなら心配ないのだけれど」
「私一人でも行けるわ」
 母の同行を断ったのは小さいながら持ち合わせている自立心のほかではない。
「そこまでいうならあなたのいうとおりにしましょう」
 母は少女の意見を尊重した。本当は母も祖母のことが心配だったのだ。少女がお見舞いに行くと決めたとき、少しばかり嬉しそうにした母の表情を少女は覚えている。これで、ちょっとは母から信頼されるようになるだろうか。少女は漠然と思いながら、自分を誇らしく感じた。
 少女はバスケットにお薬とレトルトのお粥、ミネラルウォーターを入れ、家を出発した。
 少女は家の扉に鍵をかけ、駅に向かう。電車に乗り、バスを乗り継いで祖母の待つ別荘に向かう。途中、昼食のためにフランスパンを購入した。特別な理由はなかったが、朝に見たイメージが残っていた。
 別荘が立ち並ぶ一帯の道は自然の山道になっていて、草木が茂っている。お土産に花をもっていってあげれば、寝たきり状態の祖母の気が紛れるのではないか。
 少女は道中に咲いているきれいな花を見つけるたびに立ち止まり、一本ずつ見繕っては花束にしていった。
 祖母の部屋でワインを見つけたとき、少女の頭の中にはおかしな映像が流れていた。それは少女がフランスパンと花束とワインを携え、祖母をお見舞いしにいくというもので、なにか、不吉な展開を孕んでいるものだった。
 祖母はベッドの中で泥酔していた。
「おばあちゃん、枕元にワインをおいておくのはよくないわ。水とお薬とお粥をもってきたわ。体にいいものを食べましょうね」
「私からワインを取り上げないでおくれ」
 祖母はベッドの中で狼のようなしわがれた声を出した。少女はやれやれという風に、バスケットをその場に下ろした。幼稚園で生活をしていた時であっても、少女はたびたび同じような風景に出くわすことがあった。嫌いなものに対しては駄々をこね、好きなものは絶対に手放さない。祖母は好きなものに囲まれていたいのだ。

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