小説

『デジャヴ殺人事件』aoto(『赤ずきん』)

1 花瓶

 少女は狩井沢にある別荘へ向かった。別荘には少女の祖母が暮らしている。
 少女の住む那賀乃の市内から狩井沢までの距離は、少女にとって慣れた道筋だった。バスを使って駅まで移動し、駅から狩井沢行きの電車に乗る。それから再びバスを使う。少女は祖母の別荘に行くことが大好きだった。別荘に行くと祖母が少女のために素敵なものを用意してくれている。煌びやかな飾りもの、美味しいお菓子、面白い話。何度も通って、お小遣いが足りなくなったら母にねだればよかった。
 少女は母からの言伝とともに、祖母への土産物を手にしている。持ち手に赤いリボンが結ばれたバスケットだ。バスケットの中身は花束とフランスパン、それからワインだった。
 バスケットは少女の身体に比べると、少しばかり大きな荷物で、時折、すれ違う人々の視線を集めた。思わず手をさしのべたくなるような華奢な身体には、赤い帽子と赤いワンピースの組み合わせがよく似合っていた。
 少女は別荘の合鍵を使って家の中に入った。部屋のベッドに祖母がぐったりと眠っている。聞く所によると、体の調子が悪いらしい。だから、少女が祖母のお世話をするために足を運んだ。
「私がお見舞いに行ってくる。お母さんはおうちで待っていてね」
 母の同行を断ったのは幼いながら持ち合わせている自立心からだった。
 母と祖母が顔を合わすとき、冷たい言葉が飛び交うことに少女は気づいていた。その場の空気が緊張感を伴って、居心地が悪くなる。お見舞いの役目を買って出たのは二人を慮ってのことだった。
 少女の気配に気がついた祖母は目を覚ました。ベッドの中からこんにちは、などと声をかけながら、小言を吐いた。
「物騒な世の中だというのに、あのひとはこんな小さい子を一人で歩かせるなんて。なんて親でしょう」
「私が一人で来たかったのよ。おばあちゃん」
「あなたはえらいわ。よく来たわね。あとでご褒美上げるからね。それに比べて」
「そんなこというおばあちゃんは嫌いよ」
 少女はピシャリと言って、リビングに向かった。バスケットの中から取り出したのは花束だった。リビングに飾られている花瓶の花も祖母に似たようで、疲れたようにぐったりしている。少女は花瓶の水を新しいものに変えた。古い花を抜き取り、バスケットの中から取り出した新しい花を活けてやった。様子を見に、ベッドから起きてきた祖母の表情も心なし明るくなった。
 ケンカを終わらせるときには、どちらか片方が先に譲歩しないといけない。母も祖母も、人より先に頭を下げるタイプではなかった。互いに強情になってしまう場合はケンカは平行線を辿ったまま解決の手立てを失ってしまう。幼稚園の中でも、少女はたびたび同じような光景に出くわすことがあった。

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