小説

『こぶとり坊や』酒井仐(『こぶとり爺さん』)

(あんな風に僕にできるだろうか。あんなカッコ良く踊れるだろうか。そもそも僕は踊ったことがないんだ)
 隣の家の坊やは恐ろしくなる。自分だけがこの世界のはみ出し者のように感じる。坊やが手を招く。鬼たちが隣の家の坊やをちらちら見る。変な生き物たちが隣の家の坊やの背中を押す。
「ぶおん、ぼん、ぼんぼん、ぼ、ぶおん、ぼぼぼん」
 突然、低くて大きな音が鳴り響く。体全体を地鳴りのように振るわせる音。大地から直接響くような音。みんな驚いて踊るのをぴたりとやめて、音のする方を見る。そこには隣の家の坊やがいる。
「おで、それなんだ〜?」太鼓を持った緑の鬼が隣の家の坊やに言う。
 隣の家の坊やは、がたがたと足を震わせながら、膝のこぶをしきりに叩いている。低くて大きな音は、隣の家の坊やの膝のこぶから鳴っている。
「わ、わからないけど、怖くて恥ずかしくて、そしたら、膝のこぶ、叩いてて、、、」
「おで、こう叩けるか」緑の鬼は太鼓を、ぽぽん、ぽん、ぽん、ぽん、と叩く。
「ぶおぶぶん、ぶるん、ぶるん、ぶるん」
「よじ、ええど、それ、続けろ」
 隣の家の坊やはわけもわからず膝のこぶを叩く。
「ぶおぶぶん、ぶるん、ぶるん、ぶるん」「ぶおぶぶん、ぶるん、ぶるん、ぶるん」「ぶおぶぶん、ぶるん、ぶるん、ぶるん」
「よじ、よじ、ええど、ええど、それいくど」そういうと緑の鬼は軽快に太鼓を叩く。
「ぱぱっぱっぱっぱ、ぱぱっぱっぱっぱ、ぱぱっぱっぱっぱ、ぱぱっぱっぱっぱ」
「ぶおぶぶん、ぶるん、ぶるん、ぶるん」「ぶおぶぶん、ぶるん、ぶるん、ぶるん」「ぶおぶぶん、ぶるん、ぶるん、ぶるん」
「ぱぱっぱっぱっぱ、ぱぱっぱっぱっぱ、ぱぱっぱっぱっぱ、ぱぱっぱっぱっぱ」
 そしたらそこに爆発的音頭が生まれる。聴いたことない音頭だ。みんな歓喜して踊り出す。坊やも新しい歌を唄い、赤い鬼も青い鬼も新しい踊りを舞う。変な生き物たちは、次々と浮かび上がって揺れ動く。隣の家の坊やは緑の鬼に言われたように、必死にこぶを叩く。
 隣の家の坊やが疲れきって叩くのを止めた時、みんなが集まって隣の家の坊やを抱き上げる。みんな嬉しそうだ。
「おでには、これも必要だべ」緑の鬼はそう言うと、手に持ったこぶを隣の家の坊やの左の膝にくっつける。それは坊やの左肩についていたこぶだった。隣の家の坊やは両方の膝にこぶがついてしまう。
 緑の鬼はにこにこしながら「おで、叩いてみい」と言う。
 隣の家の坊やは、新しくついた左膝のこぶを叩く。

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