小説

『こぶとり坊や』酒井仐(『こぶとり爺さん』)

 たたたたたたたた、しゅん、しゅん、しゅん、しゅん。
 明るい坊やが草をかき分け走ってく。草むらに隠れていたオンブバッタがビックリして飛び跳ねる。太陽の光が輪っかになって坊やを照らす。坊やは、うふふふ、くくくくと笑いながら走ってく。
「そんなに急いで何処行くだ〜」畑を耕す爺さんが声をかけると「山だ山だ〜」と坊やは山に向かって指を指す。
「山にはいっぱい楽しいがあるある。くるくるすんだ。オレ、くるくるすんだ」
「ほうか、そりゃええな。でんも、あんま遅くなるなや〜」
「ハラショーがってん、がってんの助」坊やは手を振る。
 山の中に入れば、坊やをドキドキさせるものだらけ。見慣れない草木がそこらに生えてて、登ったことない斜面が次々現れる。小川には沢ガニがいるし、小魚も沢山いる。リスの後をついてけば、嗅いだことのない匂いに出会うこともある。大きな木がゆっくりと揺れるのをいつまでだって飽きずに見ていられる。崩れた山肌の下を覗き込むと足が震えてゾクゾクする。坊やは丁度いい枝を杖と刀代わりにして、ぐんぐん進む。
ぐん、ぐんぐんぐん!
「オレは伝説の侍だ。オレの伝説的ひと振りで、山がグワ〜と裂ける。ほら、どうだ」
 坊やは上機嫌に山の奥へ進む。大きなツノの生えた大鹿が坊やを見てる。枝を掲げ「オレの家来になれ〜」と大鹿めがけて走ってく。大鹿は「くいぃいいいぃいいぃ」と高い声で鳴いて逃げていく。くいぃいいいぃいいぃ。
 山の頂上は開けていて、真ん中に一本の大きな木が生えている。樹齢千年は超える大杉だ。坊やは大杉に抱きついて顔を思いっきりこすりつける。大杉の少し湿った皮が坊やの柔らかい頬に偉大な歴史を伝える。坊やは嬉しくなって叫ぶ。
「ぼぼぼうや、ぼう〜〜!!!!」
 坊やはえいやと大杉に飛びついて、ほいさほいやと登ってく。
「こりゃすごい木だ。こりゃおっかい」
 大杉をぐいぐい登ると沢山の鳥が枝に停まっている。鳥たちは坊やにびっくりして「クチュークチュー」と口々に鳴く。坊やは「ちちちち」と口走りながら構わず登る。
「あれ〜猫もいっぱいいる。いやいや、あれなんだ」
 羽の生えた猿みたいなのがいる。他にも短い足が何本もある豚みたいなのや、口が長いタヌキみたいのや、目がいっぱいある犬みたいのや、顔が三角のリスみたいのや、変な生き物がいっぱい。なんだこりゃ。坊やははじめて見る生き物に驚きながらも、とりあえず「おす、おす、やあ、やあ」と声をかける。変な生き物たちは、ぼばあああとか、ちゃあああとか、ぶるべえええとか妙な鳴き声を上げる。

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