小説

『Rapunzel』友松哲也(『ラプンツェル』)

「助けて。」
 その声はまるで自分の意思を超えた魂の声のように感じた。私が私の思いで話している言葉ではない。どこか違う存在が自分に話させている言葉、そんな感じがした。そして、香苗は香苗を認識する。雲がぬけて月明かりが建物に近づくその人物を照らした時、香苗は近づいてきた人物、自分を救ってくれるかもしれない人物が、自分自身だったことを知る。その事実は彼女を大きく動揺させる。彼女はそのことをどう受け入れればいいのか判断がつかない。この日のために伸ばしてきた髪の毛が、今はやけに重く感じる。私を救うのは私自身?どうして?私は私自身さえも救うことができない。なのにどうして?

 すっかり体は冷え切ってしまった。持っていたコップをテーブルにおいて、ゆっくりと立ち上がる。相変わらず床は冷たくて、足の裏にしびれを感じる。靴下を履いてもしばらくは寒くて眠れないな。そう考えるが、それでも香苗はそのままでいいとも思う。カーテンをあけて、外をみる。8階から見る空は、しんとしていてなんだが空気が固まっているように感じる。あの夢は何なんだろう。ぼんやりと考える。私は私のことをきちんと理解していないのかもしれない。私は私の思いを正しく理解していないのかもしれない。なんとなくそう考える。窓をあけてベランダに出てみる。寒さが身体中に刺さりこんでくる。寒い。でも、なんだか緩やかな心地よさも感じる。車が走り抜ける音が聞こえて、遠くからクラクションの音がする。私は私自身を理解してあげないといけない。ほんのすこしでいいから。そう考える。上を見上げると星が綺麗に見れる。こんなところでもこんなに綺麗に見られるんだ。そろそろ寒さが限界。中へ入ろう。コップを片付けて、隆史くんも寝ている布団に入ろう。そう香苗は考える。そして、明日もう一度、隆史くんとゆっくりと話し合ってみよう。正直に。そう思って寝室まで歩いていく。

1 2 3 4 5