小説

『白い銀河』洗い熊Q(『銀河鉄道の夜』)

 あっ――僕は絶句して黙ってしまっていた。
 幾つもの絵を描き。
 それを重ねて、重ねて。
 積み重ねた世界。
 その結果がこの漆黒の闇だった。
 呆然としながらその黒い風景を見つめ、そして吐息のように僕は呟いた。
「……何も無いですね」
「そうなのかい?」
「本当に、僕はいったい何を描こうとしてきたんだろう……」
 立ち尽くしている僕の肩を優しく掴むシーズー男。そしてそのまま覗き込むように黒い窓を見ると、よっこらせっとそこの座席に座った。
「本当に何も無いのかな? ムーさん」
 そうシーズー男が言った時だった。――汽笛の音が聞こえたのは。
 直ぐに僕は気が付いた。乗っている汽車の汽笛ではないのが。
 もっと弱々しく、可愛らしく感じる甲高い音の汽笛。
 ふっと黒い窓を見た。
 その真っ黒な世界の中を、歪で色とりどりの線、赤や緑や黄色で描かれた汽車がこの列車を追いかけるように走っていた。
 まるでクレヨンで描かれた汽車の車輪は歪んでガタガタと揺れながら、線と同じく彩りの煙を吐き出している。
 頼りない風貌のクレヨン汽車はそれでも力強く車輪を回し、追いつけ追い越せと一所懸命に走っているようだった。
 ――だが突然、途切れたようにクレヨン汽車は先頭から消え始める。
「あれ……?」と突然に現れたことと直ぐに消え始めてしまったことに驚いていた僕は、ただ立ったまま呆けるしかなかった。
 それを見ていたシーズー男が言った。
「ムーさん。立ってないで座りなさいな」
「……はい?」
「立っているだけじゃ疲れるだけ。席が空いているんだ、せっかくだから座らなきゃ。座ることで、また違う視点が現れる」
 彼に言われるがまま、僕は向かい合わせの席に座ろうとした。
 消えかかるクレヨン汽車を見ているために黒い光景の窓を見つめながら。
 ――座ろうとして視点が低くなって、彼が言いたかったことがわかった。

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