小説

『ネバーランドへ』ノリ・ケンゾウ(『ピーターパンとウェンディ』)

 社長「なあ、空を飛んでみたくはないか。無限に広がる可能性に、この身を預けてみたいとは思わないか」

 つくづく社長はピーターパンのようなことを言うと思う。年に一度の、会社の全体集会での社長の話は、どこか現実味を掻いた抽象的な言葉ばかりで、私にはどうしてもピーターパンか何かが話しているようにしか聞こえない。

 社長「なあ、空を飛んでみたくはないか。無限に広がる可能性に、この身を預けてみたいとは思わないか。世界は広いぞ。見たこともない世界が、そこには広がっている。まるでそれは冒険のようだ。君たち一人一人に、本一冊では治まりきらない冒険が待っている。なあ、空を飛んでみたいとは思わないか。きっとそれは素晴らしい」

 つくづく社長はピーターパンのようなことを言うと思う。社長の言う空を飛ぶ、というのは、おそらくグローバル化や海外進出のことを指しているのだろうが、その類いに関わる部署などはほんの僅かで、ほとんどの社員は地道に、目の前の売上げのために泥臭い営業をしている中、空を飛ぶだのなんだの言われても、まったく心に響いてこない。はじめこそ、会社のグローバル化や海外進出、そういった派手なものに惹かれて入社した社員も、一年、二年、とそれぞれの支店働いている間に、やがてそんな熱意など忘れてしまって、必死に働くのみである。入社したときこそ、百人以上もいた同期たちであるが、年月を重ねるごとに一人、また一人、という騒ぎではなく、一度に五人も六人も辞めたりすることもあった、わけで、もう私と同年入社の仲間達は一割も残っていない。残った者とて、厳しい仕事に耐えた猛者たち、というわけでもなく、今の生活を変えるのが怖い、とか、転職する気概も勇気もない、とかそういう消極的な理由で残っているだけであった。このくらいの中堅どころにもなると、空を飛んでみたくないか、と社長が言うのに、まったく触発もされぬし、反発を起きない。ただ、ピーターパンのようだ、と何の取り留めのない想像を湧かせるだけである。

 社長「なあ、空を飛んでみたくはないか。無限に広がる可能性に、この身を預けてみたいとは思わないか。世界は広いぞ。見たこともない世界が、そこには広がっている。まるでそれは冒険のようだ。君たち一人一人に、本一冊では治まりきらない冒険が待っている。なあ、空を飛んでみたいとは思わないか。きっとそれは素晴らしい。誰も体験したことのない、未開の地を、仲間達とともに切り拓いてゆくのだ。なあ、空を飛んでみたいと思わないか。恐れず、自分を信じて、目を瞑って飛んでみるのだ。信じれば、きっと誰もが空を飛ぶことができる」

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