小説

『猫と、僕と杏子の距離』こさかゆうき(『猫と庄造と二人のをんな』)

 あの後、杏子はリリーと一緒に知り合いの家を渡り歩き、しばらく居候生活をしていた。いまは新しくはじめたバイト先で出会った彼氏と三人、いや、二人と一匹で仲良く暮らしているそうだ。
「猫が杏子の彼氏にぞっこんラブみたいでさあ、杏子がヤキモチ焼いてるんだって~」
タバコをくゆらせながら、友達が教えてくれた。その子は僕と杏子が長いこと付き合っていたことを知っていたが、そのことを気にする素振りはまったく見せなかった。もう3 ヵ月も経ってるし、時効は過ぎていると思っているのだろう。
 リリーは結局、レズじゃなかったのか。僕は一人で納得していた。あるいは、杏子の「彼氏」とは、実は「彼女」なのかもしれない。さすがにそれはないか。
「リリーと杏子と僕とで三角形をつくったら、下の2 点はほとんど1 点に見えるくらい近くにあって、僕だけが大気圏のさらに先の暗くて冷たい宇宙の果てにあるんだろうな~。いびつな三角関係だな~」
 酔ってふわふわする頭で僕はつぶやいた。
 友達が「え?」という顔をした。
 怪訝そうな表情で僕を見つめる友達の視線を無視して、僕は店員を呼んでおかかと鮭のおにぎりを注文した。それから友達が吸うタバコの先っぽの赤い点をぼんやり眺めた。
 僕から杏子を引きはがしたのが僕自身だったということに、僕はずっと前から気づいていた。猫は、単なる引き金にすぎなかった。僕はリリーを恨むべきではない。むしろ、感謝すべきなのだろう。いつかきっと、「ありがとう」と言える日が来るにちがいない(そのときリリーが生きているかわからないが)。
 そんなことを考えつつ僕は自分のタバコに火をつけ、まだポッカリと穴の空いたままの胸を煙で満たした。

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