小説

『ゴク・り』冬月木古(『桃太郎』『聖書』)

「ぼくはバナナぁ」と子どもたちが、母親たちの足元で話しをしている。
「そうねぇ、ハヤトくんはバナナちゅきだよねぇ」
「そうそう、この間まだ青いバナナをハヤトにあげようとしたらさ、こんなのバナナじゃない、なんて言うのよ。黄色くないから違うんだぁって」
 と黄色のスプリングコートをヒラリとさせながらヴィトンの腕時計をした右腕で髪を耳にかきあげた。そして別のマダムが、大きな福耳をさらに大きく引き伸ばすようなイヤリングを見せながら言う。
「うちのはブドウが好きなんだけど、この間マスカット出したら色が違うからヤダって」
「やだぁ、子どもってほんと面白いよねぇ」
 とエルメスの時計に目をやりながら言う。

「でもうちの主人は青いバナナが好きなのよねぇ。あとボケたリンゴ」
 とたまには気の利いたことを言わなければと、口を挟んでみたものの、遥はすぐさま、しまったと思った。いつものように微笑みながら聞いていればよかったのに。

「青いバナナはまだ分かるけど、ボケたリンゴってあのスカスカなやつぅ?」
「普通美味しくないよね、そんなリンゴ」
「わたしも普通のシャキシャキしたのが好きだな」
 と少し憐みの目で一瞥した後、
「そうそう、うちね、最近バナナは1本3千円のにしてるんだ」と、遥は即座にその場にいないことにされていた。

11

 夕食後に、ボケたリンゴを食べているときだった。急に遥がお腹を押さえうずくまった。健次郎は胸の中で、不安と期待とがジューサーにかけられたような気持ちで、焦る気持ちを落ち着かせながら遥を車に乗せた。病院に車を走らせながら、意識の右1/3を助手席にいる妻の息遣いに、真ん中の1/3の上半分を信号に、下半分をテールランプとヘッドライトに、そして左の1/3を、左の奥歯に挟まったリンゴのカスに向けていた。

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