小説

『ゴク・り』冬月木古(『桃太郎』『聖書』)



 12月になり、師走という言葉が乱れ飛ぶ。競馬のレース以外で、このなんとか月という表現を使うのは、あまり聞かない。五月晴れは皐月とは書かないし、霜月にも霜が下りることがなくなった。今年も終わるという世の中のソワソワ感が言葉としてシワスシワスと言わせるのだろう。健次郎は、いつものように梅干しのおむすびを食べ終わると、さらに遅くなった日の出前の時間、電車の窓をスクリーンにして、妄想映画を流し始めた。

 遥を後ろから攻めたてる……桃のような尻を突き上げさせて。

 「欲求不満もいいとこだな」
 健次郎は少し明るくなってきてみかん色に染まる東の空に、顔の火照りをごまかした。

「どんぶらこ、どんぶらこ」
 馬に乗るのが下手なことを桃尻という。



 遥は少し大きくなったお腹をさすりながら、お昼過ぎの暖かい時間を狙って散歩に出かけるのが日課となっていた。妊婦だからといって家でゴロゴロしていてはいけない。12月の風景は1年の中で一番彩が多い、と思うのは自分だけだろうか。街はクリスマス商戦でデコレーションされ、12月になっても落葉しない街路樹のイチョウは、青空に対照色の黄色い扇のような葉で風を作っていた。黄色や茶色に紅葉したケヤキの葉が、その風で舞い落ち、赤い葉を落としたハナミズキの葉より赤い実は、クリスマスの電飾より美しく灯っていた。公園に行くと完全に葉を落としたサクラは、開花のスイッチを入れるために寒さを必死で感知しようと枝を広げていた。

「あ、こんにちはー。だいぶ目立ってきたね」
「ほんとだー、幸せの実がふくらんでるぅ」
「寒いから風邪ひかないようにね」

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