小説

『ゴク・り』冬月木古(『桃太郎』『聖書』)

 小さいころ、パパはベッドに入ったぼくに、よく桃太郎のお話しをしてくれたよね。「どんぶらこ、どんぶらこ」って。パパの顔を見ると、とても嬉しそうだったのを覚えてる。

 なかなか赤ちゃんができなかったママにやっとぼくが生まれて、パパはすっごく喜んでたんだよ、ってママは、ママもすごく嬉しそうに言ってたね。

 そして桃太郎みたいに強く、そして聖書のアダムとイブが食べてしまったリンゴの誘惑にも勝つようにと、凜太郎と名付けてくれたんだよね。
 わたしは……ぼくは、パパとママにとって桃太郎だった。

 そして、そして……

 鬼だった。

 だから、だから……

 ぼく、鬼退治したよ。

 
 ごめん、こんな桃太郎で本当にごめん。
 パパ、ママ
 ぼく、ふつうならよかったのに。
 パパとママと、ふつうの家族でいたかったのに……

 さようなら

 凜太郎

 
 机には左からブドウ、ブルーベリー、バナナ、カキ、そして一番右には半分に切られたイチジクが置かれていた。ブルーベリーとバナナの間には、今年の初めには青緑色だったみかんがあった。そしてリンゴは、果物でできた黒い虹の前に、真っ赤なまま置いてあった。

12-3

「知ってる?そのアナタの喉で醜く目立っている喉仏のこと」

 え?凜太郎はゴクリと喉仏を鳴らした。

「アダムのリンゴって呼ぶの。アダムが禁断の果実を飲みこもうとしたときに、喉仏に詰まらせたのよ」

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