小説

『I am 救世主』亀井ハル(『桃太郎』)


 ひきこもりといったって,特に孤独を感じることはない。てか,外に出た方がよっぽどさみしいわ。言葉が通じないくせにプライドばっか高くてエロい目で私を見る汚教師と,スポンジ脳みそのお友達に囲まれて,短い動画をアップしながら世界と繋がってるーって言うことが常識的女子中学生なら世界はもう私を必要としてないだろう。常識の範疇じゃない私はきっと,この狭い部屋の中で新しい常識を作って,新しい世界を作って,新しい生き物になった方がいい。パパの本棚で昔読んだ虫になったあのおじさんは,私の先輩ね。だけど,臭いのは苦手だからあの時代にファブリーズが無かったことが残念。臭いのは悪。ほんと悪。んなことで,私の部屋には携帯もパソコンもゲームもありません。本も漫画もちょっとしか読まない。こんな情報過多の時代にここまでの徹底ぶりはさすがA型。  
 私はほんとに私を褒めるのが上手。鬱になったり,何かに依存しない為には,自分を愛するのが一番。唇が伸びるなら自分で自分にキスしてあげたいぐらいだわ。ちゅっちゅ。キャーッ,破廉恥な私。じゃあ何をしているかって言うと,大きく分けて2つ。一つは筋トレ。女子の部屋とは思えないダンベルやチューブ,腹筋ローラ―にバランスボール,握力鍛えるにぎにぎするのまで揃ってます。この歳で一つだけ分かったことがあるの。結局は体なのよ。テレビで禿げたおじさんが滑舌悪く言ってたけど頭が体を動かすんじゃなくて,体が反応したことを錯覚して脳が次の命令だしてるんだって。まじその通りだと思う。 
 話が飛んじゃうけど,感動したことってある?私は生きる理由ってよく考えるんだけど,たぶんどんだけ感動するかなんじゃないかと思うの。感動したことないって人も赤ちゃんの時は見るものすべてに感動してたわけだし、感動って言うのは人間らしく文化的に生きるために必要最低条件なのだと私は思ってる。感動って体がするのよ。映画とか見て,あああそこはこうなっているのかなるほど,よくできているなあとかうなずきながら我慢してたオシッコをトイレで出して大きなため息吐いているような映画に感動なんてしないじゃない。じゃなくて,もう体が動いちゃうのよ,感動で。それが人間が壊れない理由!秘訣!大前提!だから私は脳より,体を鍛えて感動に耐えられる素晴らしい人間力を身につけるつもり。歳をとるごとに感動には負荷がかかるものだから,今のうちから鍛えとけば一生私は幸せですのよ。おほほほほ。あともう一つは共生。共に生きる。素敵な響き。キョーセーイって言ったらラップみたいね。音が耳に残って意味が消えちゃう時も素敵なものよね。なにぬかしてんねん桃ちゃん,ごめんなさい話し戻すけど,小学生の頃はよく動物園に行ってたの。私はどんな動物とでも話ができたわ。不思議ちゃんじゃないわよ,本当よ。本当YO!誰も信じてくれないけど。動物園の動物ってみんな凡庸なの。あんな狭い檻に入れられて決められた時間に飯与えられて,見世物にされても,生きてるだけで満足そうなの。足るを知るって感じ。でも,中にはギラギラしているのもいて,パンダなんかはずっと殺してやるー,殺してやるーってこっちを睨みながらぶつぶつ言ってんの。他の客は可愛いーとかこっち向いて―とか言ってるのが面白くて面白くて。笑い過ぎて吐いちゃったこともあったくらい。ママとパパはあんときも困った顔してたっけ。もともとあんな顔だったような気もする。今は立派なひきこもりだから動物園には行けてないけど,あのパンダまだ元気だといいなあ。こんな経験もあって私の場合,共生の対象がアニマルオンリーなのだ。ホモ・サピエンスは含まれません、ご容赦ください。この狭い部屋にも犬と猫が1匹ずついてこいつらはとっても仲良し。名前はイヌとネコ。私と違ってコミュ力高いし,去勢されてるから悟ってるし,何から何まで尊敬の対象でしかない。素晴らしいやっちゃで,あんたらは。6時16分。もうすぐ晩御飯。もうすぐパパが帰って来る。もうすぐ,夜になる。ものすごく眠い。今日はいつになく頭を使った。肉体至上主義の私にとってはイレギュラーな日だ。どうせまた癇に障るあの声でご飯を呼びに来るのだから、少し眠ることにしよう。

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