小説

『小さな私の思い出』加藤饅頭(ヘルマン・ヘッセ『少年の日の思い出』)

 次の夏には、我々はもっと長く生きる昆虫のことを考えていた。蒸し暑い七月のある晩、遊歩道の立木にたくさんのカブトムシが群がるのを見物しにいった。森田の父親が懐中電灯で木の幹をぱっと照らしたとき、我々四人は(私、大木、今中、森田)そこに簡単には消えてなくならないはずの黒い命の動きを目にした。私はカブトムシのための虫かごをつくり(腐葉土、止まり木や小枝、蓋に新聞紙を挟む)、昆虫ゼリーを与えて飼育した。それでも、夏が過ぎる頃、カブトムシがぴくりとも動かない日が何日も続いて、私はそれがもう二度と動くことはないとわかった。まっとうに生きるような命でも、最後にはちゃんと生きなくなるという結末を目撃して、我々は我々自身の行く末をはっきりと知らされた思いだった。悲しみもあったが、本心を言えば、そのことでほっとした部分もあったと思う。
 夏休みの終わり、我々は遊歩道の川辺に下りていって、カブトムシやクワガタを一匹ずつ水に流した。それが小さな滝を渡って、次の小さな流れへと落ちていくのを見送ったとき、死というものの厳かさがふっと我々の手を離れた。頭上を電車が通り過ぎると、私は立ち上がって、宵に浮かぶ、台地の低い場所の、十二階建てマンションのぽつぽつとした明かりを見つけた。そこには私が十八歳までを暮らす、私の家があった。目を凝らして家のベランダを探していると、今中が指差して言った。「あ、電気ついてるね」。彼女は少し頭を傾けて、額にかかった汗っぽい前髪を落とした。「あ、うん」。私は答えたが、実際には空が暗くて見つけることができなかった。我々が帰ろうと歩き出すと、今中は虫かごを地面に下ろし、蹴り倒して中身を全部土にぶちまけた。
「それ、まだ他のにも使えるけど」森田が言った。
「ううん。使えない」
「いや、なんで」大木がしゃがみこんで虫かごを起こした。「使えばいいだろ」
「タイに転校するから」
「なに?」
「だから、タイ行くから」
「は? なんで。いつ?」
「明日」
 そのあとの五年間、我々の生活はただ行きつ戻りつ、でもきちんと時は流れたというだけで、なにか特別なことは起こらなかった。起こったとすれば、台風の日、大木が倒木の事故で死んだことだと思う。皆でサイクルスポーツセンターに遊びにいった帰りのことだった。大木というのは、大勢で集まるとわいわいと、大きな声で騒ぐのに、ひとりになる瞬間にはさっと顔から色が消えてしまう少年だった。一度、私はマンションのベランダから、英会話のバスを降りてくる大木を見かけたことがある。大木が友達に手を振って、ひとりになろうとくるっと振り向いたその瞬間、テントウムシが飛んできて彼の丸っこい顔にぶつかった。すぐに手で払い落として歩き去ったが、しばらくすると戻ってきて、道端にひっくり返ったテントウムシを拾い上げた。親指と人差し指でつまんで、裏返して点検したあと、その死骸をマンションの花壇の土の上に投げて、また歩いて帰っていった。

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