小説

『エレベーター』木江恭(『銀河鉄道の夜』)

 猟師は花子に視線を落とした。
「儂が殺したんですわ」
「え」
「ここ一帯で、鳥インフルエンザらしい病気が流行りましてな。うちの養鶏場が感染源やと疑われて、全部処分しろとお役所からお達しがきて、それで」
「養鶏場」
 運転中、閉鎖された畜舎のような建物の前を通ったことを音川は思い出した。牛や豚を飼うにしては小規模だとは思ったが、あれは養鶏場だったらしい。
「花子も菊代もみんな死んで、うちも破産ですわ。残ったんは借金だけ」
「それは、その」
「だから、殺そうと思いましてな」
「え」
 猟師――ではなく元養鶏場主は、猟銃を担いだ肩を竦めた。
「結局、鳥インフルエンザとは関係なかったんですわ。だから、うちが感染源やと最初に書いた記者を殺そうと思って、この通り、親父の形見の猟銃担ぎ出して――ああ、そんな顔せんで、安心してください」
 元養鶏場主はふっと口元を和らげた。
「罰が当たったんでしょな。奴のところに向かう途中で、儂、頭打って、それっきり」
「そ、それっきり?」
「でもまあ、その方がずっと良かった。人様を傷つけるようなこともせんですんだし、多少とは言え保険金も下りるやろうから借金返済の足しにもなるし――本当、あの天使さんたちには感謝せんと」
「て、天使?」
 ポォン。優しげな音と共に、エレベーターが減速する。
「ああ、儂はここで、お先に。荷物、大変そうやけど頑張って」
 ぽかんとする音川を置き去りに、元養鶏場主は満足げな表情で降りていった。

 元養鶏場主と入れ違いに乗ってきたのは、奇妙な三人組だった。
 一人は、音川と同じ二十代に見える青年だった。印象の薄い平凡で地味な外見だが、何故か額に大きなたんこぶをこしらえている。

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