小説

『灰かぶりのC』猪口礼人(『シンデレラ』)

「拝見しても?」
「どうぞ」
 もちろん二つの指輪があることに気づいただろうが、青色のダイヤモンドの指輪を手に取ろうとしてやめ、遺品のウェディングリングを持ち上げた。彼がふっと息を吹きかけ灰をとり除くと、あっという間にいつもの輝きが顔を出す。
「これは……」
「それは祖父が祖母に贈ったウェディングリングですよ」
 遺骨から製造されたダイヤモンドの色合いは人によって異なることは彼も知っているはずだった。他ならぬ彼から聞いていたことだ。祖母の遺骨は透明と真っ青の中間のようなブルーの輝きを持っていた。だが、彼はそちらよりも祖父の指輪が気になったようだった。なにかの検査のように丹念に輝きをたしかめている。
「なるほど。うちのじいちゃんの態度に、いまさら納得できましたよ」
「というと?」
「悪い意味に取らないでいただけるとありがたいんですが、ケイコさんのおじいさんは、職人として決して有名ではなかった」
 知っている。ただ、不思議とそれを恥じる人間は祖父自身を含めて誰もいなかった。コミュニケーションも別段上手ではないのに、なぜだか、周囲の人間に己を侮らせることのない雰囲気が祖父にはあった。
「だけど、祖父は一目置いていました。ぼんやり覚えてるんですけど、うちに来た時、すごく対等に言葉を交わしてたんです。対等っていうと変なんですけどね。普段威張ったとこのあるじいちゃんが、まるで同じ戦場をくぐりぬけた戦友と話してるみたいな感じで」
 彼の祖父は職人たちのなかでも飛び抜けた人間だったらしい。テレビに出演しているのを見かけたことがある。
「祖父の手がけたものは一通り見たし、分析もしてみましたが、このダイヤモンドは……。もちろん、ケイコさんのおじいさんの指輪もなんどもお目にかかってます。たしかにこれは荒削りですね。シャンクもコレットもプロングもどこか前時代的で垢抜けないし、わずかにバランスが崩れてる。なのにこの……この小粒のダイヤモンドは」
 首を振り振り、ため息までもらした。
「素晴らしいの一言に尽きます。世に出せば間違いなく職人としての出世作になったはずだ」
 小さい時から抱いていた感覚が核心に変わった。そうだったのだ。やはり、この指輪は桁違いの美を内包していたのだ。
「やっぱり」
 思わず子供じみた言葉が漏れたら、パッと彼が振り向いた。なんだか恥ずかしくなる。だけど、彼もまた子供のような笑顔を見せた。

1 2 3 4 5 6