小説

『灰かぶりのC』猪口礼人(『シンデレラ』)

 別にそういう人が好みだったわけではない。おしゃべりで気立ての良い男性だって好きだし、逆だって好きだ。だけどそもそも、好きなおしゃべりもいれば、嫌いなおしゃべりもいる。その人のわかりやすい要素が大事なものだとは思えなかった。しばらく話してみれば、どういう心持ちの人間なのかがなんとなくわかる。それが私にとっては重要だった。縁談を断るときはいつだって「私にはもったいない人です」と伝える。小洒落た食事処に連れて行ってもらえば嬉しいわけじゃない。上手にエスコートしてくれれば嬉しいわけじゃない。良かれと思って縁談を持ってきてくれる親戚の手前、滅多なことは言えなかったけど、私には結婚が向かないのではと思いさえした。そんな頃だった。主人と出会った。
「あらま。宝石を作ってらっしゃるの」
「ええ」
 付添人として同席してくれる叔母のありあまる勢いとバランスをとるかのように、叔母の向かいの男はうつむきがちに小声で肯定を示した。叔母は噛みつくような語気であるだけで、おそらく話を弾ませたい一心なのだろう。気持ちはありがたかったが、職人さんは完全に萎縮しているように見えた。
「私の指輪もね、職人さんを前に言えたことではないかもしれないけど、なかなかどうして、良いものをいただいたのですよ」
 祖母が見せる指輪を男は目を細めて見る。掲げられた指輪は、たしかに宝石が大きくいかにも高価そうだ。
 ここに至って初めてまともに見た気がするのだが、はす向かいの彼の双眸は意外と利発そうであった。キリリとしているわけではないが、どこか芯がある。
「……ご立派です」
「あらどうも。職人さんのお墨付きね」
 せっかくだからと二人で歩くことになり、ぽつりぽつりと当たり障りのない言葉を交わした。少しして庭園横の喫茶で腰を落ち着ける。彼は音もなく緑茶を啜りつつ、外の風景を慈しむように眺めていた。何度か縁談で訪れた場所だが、彼に倣うように眺めてみると思いがけず美しい庭だと感じた。今までは相手に注意を払うばかりで、こうやって風景を眺めることをしていなかったのかもしれない。
 この人ならこういう話題が好きかなとか、そういう考えはまったく無かった。溢れるように自然と言葉が出た。
「あの宝石は」ゆっくり、彼がこちらを見る。「綺麗でしたか」
「ええ」
 やはり。叔母が問いかけていた時と同じでやや間を感じる。

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