小説

『時皿』にぽっくめいきんぐ(古典落語『時そば』『猫の皿』)

「入口のところに券売機がありますので、お金を入れて頂いて、商品ボタンを押して頂くと、食券が出ます。それをお渡しください」
「お、おう……」
 男はそう言ってまごまごしましたが、やがて体勢を立て直して話を続けました。
「い、いや、銭が細かいんだ。店長さんの手に置くから、手を出してくんねえか?」
「恐れ入りますが、私はバイトです。そこの券売機なら十円玉から使えますよ」
「一円とかが混じってるんだよ」
「それは細かすぎですね。受け渡しに時間がかかってしまうので、大変申し訳ございませんが、ご遠慮願います」
「お、おう……」
「SUICAでも清算できますよ。シャリーンとお願いします」
「いや、SUICAはあかんよ」
「関西の方ですか?ICOCAなど、他の交通機関系カードも使えますよ」
「いや、そうじゃなくて。チャージされてないんだ」
「そうですか。では、クレジットカードでも大丈夫です。ビザにマスターカード等、各種使用可能です」
「便利な時代になったもんだな。だが、クレカは使わないことにしているんだ」
「そうですか、困りましたね。お金は直接頂戴しない取り決めになっているんです」
「そう言いなさんな。ほれ時間ももうすぐ十時だ。夕食時も過ぎて、客もいねえじゃねえか。受け取る余裕ぐらいあるだろ?」
「……しょうがないですね、わかりました」
「そうそう、そうこなくっちゃ。江戸っ子は気が短いんだから」
「関西の方じゃなかったんですね」
「そんなことはいいだろう。じゃあ渡すぞ。いくらだい?」
「あたたかいきつねそば、三百六十円です」
「そうかい。おっと、百円が三枚と、五十円はあるから、あとは一円で払うぞ。いいかい?ひー、ふうー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー、ここ、何刻だい?」
「あちらに時計があります」
「そうじゃなくて!」
「十時ですね」

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