小説

『人魚姫の代償』広都悠里(『人魚姫』)

 人魚姫は声を失う代わりに足を手に入れました。人魚姫を助けるためにお姉さんたちは長いきれいな髪の毛を差し出して王子を殺す短剣を手に入れました。
わかりますね?何かを手に入れるためには何かを失う。何もかも手に入れることなんてできないのですよ。

 スマホから聞こえてくる平坦な声のコンシェルジュの声にムッとする。人間みたいな口の利き方をしやがって。おまえなんてただのプログラミングじゃねえか。できるものならやってみろ。
 ぎざぎざした心でオレはスマホをかざしてあざけるように言ってやった。深く考えもしなかった。ただちょっと言ってみただけだ。でもそれは言っちゃいけないことだったんだ。

 うわあ、きゃあ、弾けるような声で目が覚めた。
「だれか死んでるー」
「うそー」
 薄目を開けたオレに「わあ、生きてる!」と叫ぶまあるい顔の子供たちに「うるせ」とつぶやく。
「ママー、来てーこっちこっち」
 ぱたぱた遠ざかる足音がママを連れて戻って来る前に立ち去らなくちゃ。オレは様々な大きさの穴がいくつも開いている奇妙な形をしたコンクリートの塊の中から這い出るとまぶしさに顔をしかめた。
「あー。これからどうしよっかなー」
 ぼそりとこぼれた声に少し離れた場所にいた母親とおぼしき女性がびくりと身を震わせコンマ三秒でオレを危険と判断、すぐさま子供の手をひっつかんでオレから遠ざかるために小走りになる。そんなにオレの人相は悪いのか。ふらふらと水道を探し、手と顔を洗い、うがいをしてから手で水をすくって飲んだ。みんな、遠巻きにちらちらオレのことを見ている。
 あぶないひとかわいそうなひとうさんくさいひとよくわからないひと、はい、もういいですよ。そこらでストップ、歓迎されていないことはもうわかりました。
 早く出ていけ、いなくなれ、さっさと消えろ。人々の心の声はいまや太ゴシックの拡大文字となってオレを追いかけてくる。はやくこの公園から出て行った方がよさそうだ。
 オレは振り返り「緑町第一公園」と書かれたプレートを見つめる。
「だけどこれからどうすりゃいいんだ?」

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