小説

『形見の帯』(『室町時代のお伽草子 付喪神記』)

 古くなった器具類がお化けになるという伝説は、室町時代からあります。ちょうど池や沼に棲んでいる動物が年を経て霊力をもち、いわゆるぬしになるようなものです。だから江戸・明治の時代には、毎年、年の暮れになると、ひとびとは煤はらいと称して、古道具を路地に捨てたのです。年末の大掃除は、たんに衛生のためでなく、どうやら古道具の妖怪化を防ぐためであったらしい。
 室町時代に書かれた、御伽草子の一つである『付喪神つくもがみ記』には、この捨てられた道具たちが、まるで解雇された奉公人のように、一個所に集まって鳩首談合きゅうしゅだんごうし、お化けになって恩知らずな人間たちに復讐してやろうと一決するところが描かれています。鎧だとか兜だとか、太鼓だとか笛だとか、鏡だとか火鉢だとかいった古道具たちが、深夜、手足をはやして、火を燃やして、京都の町を、ぞろぞろ行列して歩くというのです。これが、いわゆる百鬼夜行ひゃっきやぎょうというものだそうです。
 妖怪変化や鬼とまでいかなくても、この世に恨みを残して変死した人々や、失恋や挫折の執念深く、自分から命を絶った人が、生前使っていた品物に霊魂がこもって、心弱い者の目に物の怪となって現われるというような話は、ヨーロッパにも日本にも、数限りなく伝えられています。
 昭和三十年頃、神田川に架かる昌平橋より入水自殺した、講武所こうぶしょ(神田花街かがい)の芸妓げいぎ)、分松葉屋蔦奴わけまつばやつたやっこが締めていた錦地の帯についての不思議な話が、明神下の料理屋や待合で噂となりました。それによると、蔦奴と同じ家の抱え芸者の小芳こよしが蔦奴の気に入っていた帯を譲り受け、座敷に締めて出たが、何か蔦奴が背後にいるようで不気味な気がしたというのです。とくに不思議なのは、この帯を衣紋竹にかけておくと、誰も触らないのにいつの間にかずるずるさがり落ちて、何度かけ直しても衣紋竹にとどまることがありません。
 くだんの帯は金糸や銀糸をつかって織った華やかな、そして手のこんだ上物で、蔦奴が芸妓になる前に恋人だった大学生が贈ったもので、その男はニューギニアで戦病死したと伝えられています。
 終戦後十年も経っているのに、かつての恋人への思い深く、あと追い自殺したというのは、美談ととるか、間の抜けた話と思うか、妄念妄執の晴れない人間の恐ろしさに慄えあがるか、あるいはまた、例の付喪神の仕業、すなわち身につける物にまつわる怪であったとするか――いろいろな解釈ができます。
 またある者が言うには、蔦奴が入水した日の朝、分松葉屋の小女こおんながこの帯を洗ったのですが、物干し竿に掛けておいたのが、いつの間にか下に置いてあったたらいのなかに浮かんでいたというのです。そのときはべつに意に留めなかったが、あとで考えると入水の前ぶれであったというのです。

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コメント
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    世界観、語り口がしっかりと出来上がっており、時代感もあって好みの作品でした。恐ろしい、ユニークな付喪神の中で、切ないストーリーになっているのも珍しく、心に残りました。(2月期優秀賞受賞者:植木天洋)