小説

『玉手箱の真意』よだか市蔵(『浦島太郎』)

 どうしてもこの問いからは逃れられない。稜はいい加減にうんざりしていた。
「どうされました?」
「あ、失礼しました。えーと、会長の秘書のようなことを」
「成程、秘書をね。もう少し具体的にご説明いただけますか?」
 総務部長だという中年の面接官は眼鏡の位置を直しながら、細めた目を稜へと向けた。
「えーと……会長はお婆さんなんですけど、その話し相手を毎日するというようなことを」
「はっはっはっ、まさか。冗談を言っちゃいけませんよ。老人ホームの大学生ボランティアじゃないんですから。履歴書に記載されている前職のご年収額を拝見するに、たったそれだけの仕事内容でこれだけの給料を出す会社なんてあるはずがありませんよ」
 稜は怒鳴りたくなる気持ちを抑え付け、努めて淡々とした口調を維持する。
「いえ、本当なんです」
「ひょっとして、冷やかしですか?」
「……は?」
 面接官は握っていたペンを置いてこれ見よがしに溜息をつくと、早口で捲し立て始めた。
「とりあえず面接受けろ、とでも職安から言われてるんですか? 迷惑なんですよねえ、大して働く気もないのに来られちゃあ。何ですか、自分が十年やってきた仕事すら面接で言えないなんて。何を考えてるんですかあなた。しっかり準備してから来てくださいよ。挙げ句、苦し紛れに出た言葉が老人の話し相手? もう少し信憑性のある嘘をつけないんですかね、まったく。こっちだってねえ、暇じゃないんですよ! ああ、もう分かりました、もう結構」
「おい、なんだよそれは。俺は何も嘘は言ってねえぞ! 言い掛かりはやめろや!」
 今回こそ冷静に臨もうとしていた稜だったが、結局、売り言葉に買い言葉で頭に血を昇らせてしまった。
「ああ、そうですか。では、またお喋りだけで給料をくれる会社を探せばいいでしょう。そんな会社、あるわけがないですけどね。というわけで、本日はお疲れ様でした。どうぞお気を付けて、さっさとお帰りください」

 勤めていた職場が跡形もなく消失してから、一カ月が過ぎた。
 稜は辰宮商会に十年も席を置いていながら、会社の窓口としてはトメの家の電話番号くらいしか知らなかった。あれから何度も、唯一知るトメの番号に電話を掛けたが一向に繋がらず、それ以上は成す術が無かった。青天の霹靂に、彼は仕事を失った。

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