小説

『玉手箱の真意』よだか市蔵(『浦島太郎』)

 お通しのきんぴらごぼうを口に運びつつ、稜は歯切れ悪く応える。
「あー……まあ、会社のお偉いさん、会長の婆さんなんだけどな。その世話っつーか、老人介護っつーか」
「なんだよそれ! オムツ取り換えたりとか? やってらんねえ~!」
「いや、んなこたしねえよ。歳は七十過ぎだけど、別にボケてねえから。お前らのお袋よりもしゃんとしてんじゃねえの」
 思わずむっとして稜が言うと、早くもジョッキを空にした金髪が口を開いた。
「じゃあ、ババアの世話ってのはどういう意味だよ」
「だから婆さんには一人息子がいて、そいつとその嫁さんが会社を継いで経営してるんだけどな。で、婆さんの旦那、会社の創業者だな、こいつはもう死んじまってる。そうするとどうなる? 息子は社長業で忙しく、婆さんは一人寂しいわけだ」
「それで?」
「そこで俺が婆さんの家に、っていっても会社の書類を保管する倉庫も兼ねてるらしいんだけどな、そこに毎日出勤して、一緒に茶を飲みながら婆さんの話を聞いてやったり、逆に俺が身の上を日々の話題として提供したりするんだよ。これが仕事。マジだぜ」
「はあ? そんな仕事があるもんか。何て名前で、何関係の会社だよ」
 誰に言われずとも奇妙な仕事をしていることは稜自身、分かっていた。極めて楽な仕事の割に、悪くない給料。トップの一存による特別採用とはいえ、他の従業員と顔を合わせることが一切ない――あとは時折険しい顔をしてやって来る社長くらいしか面識がない――というのも変な話だ。どう考えても普通ではない。
 しかし彼の口座には毎月の給料がきっちり振り込まれているのもまた事実であり、稜はつまらない疑念に拘泥するのはやめ、忠実に仕事を全うすることにしているのだった。
「うるせえなあ……辰宮商会っていう、食品関係の問屋だよ」
「タツミヤ商会? 俺は今、飲食関係のバイトしてんだけど、そんな会社聞いたこともねえぞ」
「こいつ、未だにバンドでメジャーデビューすることを夢見てんだぜ」
 芸人顔に口を挟まれて、金髪は彼を睨み付ける。
「お前が知らないって、それが何? 普通の中小企業だし知名度なんて別に無えよ。ホームページも作る気ないとか言ってたしな。おい、知ってるか? 日本の会社の九割は名も無い中小企業なんだぜ」
 金髪の言動がまるで取り調べのようで、稜は段々と不愉快な気分になってきた。
「なんだこいつ、急にインテリぶり始めたぞ。元ヤンの分際で」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10