小説

『愛をさがす獣』芥辺うた(『美女と野獣』)

 薄暗い自室に戻り、オーガーは手あたり次第のものを掴んでは投げ、壊し、引き裂いて、暴れた。
「なにが愛、なにが、愛だ! あいつは俺の本当の姿を知らない。俺は醜く、恐ろしい野獣! 俺が本当の姿に戻れば、鈴音は逃げ出してしまう。恐怖に歪んだあいつの顔が目に浮かぶ」
 オーガーの頬にひとつ、ふたつ、涙の筋ができる。
「俺が愛を認めてしまえば、あいつは居なくなるだろう。俺は知ってしまったのに……。――鉤爪も、牙も、もういらないから、誰か……俺を」
 その時、オーガーの背中に何かがぶつかった。そしてその何かは、確かな熱を持って、オーガーを強く抱きしめる。
「……出ていけと言ったろう」
 オーガーは震える声で言った。
「好きですと言いました……、まだ、答えをもらってません」
 オーガーは身体を反転させて鈴音の唇を奪う。その熱を噛みしめるように、何度も。何度も。気が付けば、目の前の鈴音の瞳の中には、醜い自分の姿があった。
 魔法は溶けてしまったようだった。
「……これが、オーガーさんの本当の姿」
オーガーは頷いた。
「出来るだけ、遠くへ逃げろ。この俺の手の届かない場所へ。醜い、心の叫びの届かない場所へ、早く」オーガーの言葉はそれ以上続かなかった。
 鈴音が、その唇をそっと塞いだからである。
 一瞬にも、永遠にも感じられる時が流れた。
「独りが嫌いで、楽しいことが好きで、怒りっぽくて、不器用で優しい。あなたを好きになってしまったんです。ここが嫌なら、どこでもいい、皆を連れて誰も知らない場所に行きましょう。私は、どこだっていいんです。
だって、隣にはあなたがいるんだから」
 オーガーは、赤い瞳から透明な涙をいくつも流した。
 鈴音は微笑んで続ける。
「オーガーさん、私の愛に、答えをもらっていいですか?」

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