小説

『コンの銀杏』鴨カモメ(『ごんぎつね』)

「お前何も知らないのか? お紺が中山様の家来と一緒に村を発ったんだぞ」
それを聞いた兵十はすぐさま家へと戻ったが、そこにコンの姿はない。
 庭では澄んだ風が銀杏の木を揺らし、葉の隙間から日差しがこぼれた。日差しは何かに反射して兵十の目をチカチカと照らす。
 兵十がその光の方を見ると、そこには見たこともないほど沢山の小判が輝いていた。
「ひぇー! たまげたぁ」
 後を追ってきた加助は驚いて声が裏返っていた。兵十は加助の胸ぐらを掴み、力いっぱい引き寄せる。
「紺はいつ行った?」
「つい、さっきだよ。あの山を越えて行ったそうだ」
 加助が指さしたのは城へと続く山道だった。
 兵十は無我夢中で駆けだした。
「紺! 行かないでくれ!」
 兵十の悲鳴にも似た叫び声が山に響く。

 山の中腹に差し掛かった時、兵十は異様な光景に足を止めた。そこは山道の中でも曲がりくねった細い道で、足を踏み外せば崖の下に落ちてしまうような危険な道だった。そこに3人の男が立往生し、崖をのぞき込んで青ざめている。男のうち一人は侍の斎藤、そしてあとの二人は駕籠(かご)の担ぎ手である駕籠かきだった。
 兵十の胸の中をざわざわと嫌な感じが広がる。崖の下を見ると木片が散らばって、暗い崖底へと続いていたが、それは間違いなく人を乗せる駕籠の一部だった。
「おい! 女はどこだ?」
 男たちに詰め寄ると、駕籠かきの男が屈強な見た目に似合わぬ弱弱しい声を出した。
「崖の下だ。曲がり道に来たところで、栗のイガがばらまかれていて、それを踏んだ拍子に駕籠を落としちまったんだ」
 確かに3人のまわりには栗のイガが不自然に落ち、まるで忍者の使う撒きびしのように行く手を塞いでいた。栗のイガは草鞋(わらじ)を簡単に貫通するほど固く、鋭い棘の塊だ。足元には気をつけるような駕籠かきも、この見通しの悪い道で故意的に仕掛けられたのであれば防ぎようがない。
 兵十は目をこらすが崖の下は何も見えず、膝から崩れ落ちた。

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