小説

『コンの銀杏』鴨カモメ(『ごんぎつね』)

「兵十さんは何か食べたいものはあります?」
 コンの問いに兵十は少し考えるように斜め上を見た。そしてその目線がコンに戻ってくると一言つぶやいた。
「栗」
「栗?」
 夕餉のおかずを聞いたつもりだったコンは不思議そうな顔で聞き返した。それもそのはずで、今の季節に栗なんてどこを探してもあるわけがない。
「では秋になったら栗を用意しましょうね」
 コンの言葉に素直に頷く兵十を見て、何が面白いのか加助は急に笑い出した。
「兵十は本当に不器用だな!」
コンはムッとして加助を睨みつけるが、加助はにやけたままだった。
「そう怒るなよ、お紺。かわいい奴だと言っているのさ。さて邪魔者は退散しますかね。それにしても重い南瓜だな」
 そう言って加助が大きな南瓜を抱えて大汗を流しながら帰っていくと、コンは兵十に見えないよう舌を出してあかんべをした。

 忙しい夏はあっという間に終わり、秋になると兵十はさらに身を粉にして働いていた。そしてそれを支えるようにコンも兵十の手助けをする。長くいればいるほど、いつの間にかコンは人間の姿でいる方が居心地よくなっていた。しかしそんなコンを戒めるように銀杏の木は狐色に染まっていく。それはまるで自分が狐だということを忘れるなと言われているようだった。
 ある日のこと、兵十の家に見慣れない男がやって来た。腰には刀を差し、頭をちょんまげに結った男は兵十の家の扉をドンドンと力強く叩いた。
「はい」
 扉を開けて出て来たコンの姿を男はじろじろと見る。
「ほう。そなたが噂のお紺か。確かに美しい。都でもそなたほどの美人はなかなかおりますまい」
「家主は留守にしておりますので出直して頂けますか」
 コンが怪訝な顔をして戸を閉めようとすると男はそれを制した。
「これは失礼をした。私は領主中山忠宗の家来、斎藤盛隆でござる。拙者は家主ではなく、そなたに用があってきた。我が主がそなたの噂を聞き、是非、城に招きたいと言っておる」

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